青天の霹靂!
 その日の朝方はカーテン越しに光が漏れていたが、午後になると部屋は薄暗くなり、夕方には雨が窓を叩き出した。夜にはゴーという音と共に激しく窓にぶつかるような雨の音が聞こえてきた。まるで台風のような荒れ方だと感じた。
 それは天気だけではなかった。わたしの身にも容赦なく襲い掛かっていた。株価下落という暴風雨が吹き込んでいたのだ。しかし、そのことをわたしは知らなかった。いや、知り得なかった。何故なら、わたしはインフルエンザに罹患して40度近くの熱を出していたのだ。そんな状態だから株価の情報に接することはできなかった。ガールフレンドがジュースやゼリーなどを買って玄関の上り口に置いてくれたが、部屋の中に入らないようにと言っていたため、誰とも接触しない日が何日も続いた。だから、わたしがその暴風雨を知ったのは翌週だった。
 
 バイオファーマの株が暴落していた。連日ストップ安を付け、下げ止まる気配を見せていなかった。申請中だったインフルエンザ用ワクチンの承認が下りなかったのだ。既存のワクチンとの顕著な有意差が認められないというのが理由だった。
 わたしは信じられなかった。
 有意差があるから申請したんじゃないの? それに、当局と事前相談しているはずでしょ? その時に「承認します」という言葉は貰えないとしても、良い感触があったから申請したんじゃないの? どうなってんの? 
 頭の中がぐちゃぐちゃになった。しかも、こんな大事な時にインフルエンザに罹患していたなんて、なんという皮肉だろうか。わたしは天を仰いだ。しかし、後悔している暇はなかった。追証が発生していたのだ。その支払い期限が今日になっていた。
 今日って、そんな……、
 わたしは混乱して何をしたらいいのかわからなくなった。ただ茫然と株価の下落を目で追うことしかできなかった。
 
 為す術もなくその日の取引が終わった。病み上がりのボーっとした頭でその日の終値を見続けるしかなかったが、追証を差し入れなかったために証券会社が強制的に決済を行った。
 ジ・エンド!
 すべてを失った。600万円の保証金は全額差し押さえられ、その上、200万円の追加差し入れを迫られた。急いで現金や貯金を全部かき集めたが、100万円ほど足りなかった。ガールフレンドに頼み込んで金を借りてなんとか支払ったが、文字通り一文無しになった。当然、生活資金は枯渇した。だから初回契約から30日間は金利無料という説明に吸い寄せられるようにカードローンを申し込んだ。審査が通るかどうか心配だったが原稿料収入が毎月あることでなんとかクリアすることができたので、当面の家賃と生活費として100万円を借りた。
 なんとかこの危機を乗り越えることができたが、借用書類とゼロになった貯金通帳を見ていると涙が出てきた。そして、動悸がしてきた。更に、お腹に痛みを感じた。どんどん痛くなってきて、遂にはうずくまってしまった。「大丈夫?」というガールフレンドの声が遠くの方から聞こえたように感じた時、意識を失った。
 リスクを余りにも軽く考えた浅はかなわたしは自分をコントロールすることもできず、甘い罠に溺れ、気づいた時には地の底まで沈んでいた。漆黒の闇が広がる光のない世界に……、