心配は杞憂に終わった。1週間後、採用通知が届いたのだ。『来月1日から出社願いたい』と書いてあった。5日後だ。ほっとすると腰が抜けたようになった。これで税金と健康保険料の不足を心配しなくて済む。ハローワークにお礼の電話をしたあと、畳の上にへたり込んだまましばらくボーっとしていた。
 どれくらい時間が経ったのかわからなかったが、ふと着ていく服がないことに気づいて我に返った。すぐさま予備費の中から4万円を抜き出して、紳士服チェーンに向かった。会社員になるのだからせめてジャケットとパンツを揃えておきたかった。できれば2着。
 店に入って優しそうな顔立ちの店員に声をかけて予算を伝えると、「4万円で上下2着ですか……」と思案気な表情を浮かべた。ウール・ジャケットで一番安いものでも19,800円するのだという。だから、ジャケット1着とパンツ2着を勧められた。しかしわたしはジャケット2着に拘っていたので、ウールじゃなくてもいいと告げた。とにかく4万円以内で上下2組揃えたかった。すると彼はわたしの顔と体型を見て、「混紡でもいいですか?」と同意を求めた。大きく頷くと、リネンとコットン混紡(こんぼう)のジャケットを紹介してくれた。少し薄っぺらい感じがしたが、1着9,800円という値札に逆らうことはできなかったので、ネイビーとグレーを買い、ジャケットに合わせてパンツも2着買った。裾上げ料金を含めて全部で39,060円だった。わたしはホッと息をつき、お釣りを握りしめて3軒先のコンビニに寄った。ビールにしようか発泡酒にしようか迷ったが、冷蔵ケースの中から発泡酒を2本取り出してレジへ向かった。店を出ると、そこから一番近い公園に行ってベンチに腰を下ろし、両手に1本ずつ持った発泡酒を静かに当てて小さな声で「乾杯」と言った。新しい生活を始めてから初めての酒だった。
 うまかった。本当に、うまかった。喉から胃に染み渡った。
 あ~幸せ、なんてうまいんだ。
 ミネストローネを食べた時は情けなく感じたが、今日は違っていた。心からうまいと思えた。