翌日の昼前に連絡が来た。面接を受けられるという。日時を紙に書き留めて、丁寧にお礼を言った。電話が終わると、一気に力が抜けた。ホッとしたというよりもなんとか首の皮が繋がったという気持ちの方が強かった。思わず首に右手を持っていった。
          
 面接当日は早めにアパートを出た。会社の近くのコンビニでトイレを済まして鏡に向かって笑顔を作ったが、ぎこちなかったので何度か練習してからコンビニを出た。
 出版社は小さなビルの3階にあった。かなり古そうなビルだった。エレベーターは1基あったが、故障中で使用不可との張り紙がしてあった。仕方がないので階段で上がった。
 ドアを開けて用件を告げると、応接室に通された。絵も花もなく、ソファと机が置かれているだけの殺風景な部屋だった。
 座った瞬間、心配になった。服装がそぐわない気がしたのだ。背広は全部売ってしまったのでジーパンとシャツというラフな格好しかできなかった。一気に情けなくなったが、今更どうしようもないのでせめて真面目さをアピールしようとシャツの一番上のボタンを留めて姿勢を正した。
 ノックの音がしたあと面接官らしき男女が入ってきた。わたしはすぐに立ち上がって挨拶をしようとしたが、それを制するように「お座りください」と右掌をソファに向けた。
 四角い顔をした恰幅(かっぷく)の良い中年男性がわたしの前に座り、その横に丸顔の若い女性が座った。総務部長とカメラマンだという。
「もしかして、小説家の才高叶夢さんじゃありませんか?」
 いきなりの発言に驚いて言葉に詰まると、それを肯定と受け取ったのか、総務部長が笑みを浮かべた。
「やっぱり! 履歴書には何も書かれていませんでしたが、名前を見た時からそう思っていたのです。私、才高さんが新人賞を取った時の小説が気に入って単行本を買ったんです。今も家にあります。それに文芸誌の連載もほとんど読みました。そうそう、作詞された歌謡曲のCDも持っているんですよ」
「えっ?」
 わたしは一瞬目を剥いてしまったが、そんな様子を見て心配になったのか、総務部長の顔から笑みが消えた。
「どういうご事情か知りませんが、弊社でよろしいんですか。契約社員での採用で、給料も少ししか出せませんが」
 何かの間違いではないかと探るような言い方だった。
 わたしは呼吸を整えるのに少し時間がかかったが、なんとか声を絞り出した。
「小説家の才高叶夢はもうこの世に存在していません。イチから、いや、ゼロからやり直したいんです」
 言った途端、総務部長は驚いたようにわたしの顔を見て何かを言いかけたが、それ以上のことは訊いてこなかった。訊かれなくて助かった。
 その後、仕事に関するいくつかの確認があって面接は終わった。結果は後日連絡すると言われた。