４
借りた部屋には、ガスコンロと小さな冷蔵庫と2槽式洗濯機、そして、正方形で折り畳み式になったちゃぶ台が置かれていた。前の住人の置き土産だという。どれも使い古されて汚れていたが、金のないわたしにはとてもありがたかった。
今日から新たな生活が始まる。気を引き締めていかなければならない。もちろんお金も。だから必死になってやりくりを考えた。1年間の家賃36万円を差し引くと、手元に残るのは約64万円。食費に使えるのは約32万円。月に直すと3万円弱。ということは1日千円までに抑えなければならない。しかも、手元にある小型のフライパンと鍋で作れる料理を考えなければならないのだ。炊飯器がないのでコメは食べられないから麺が中心の料理になる。そんなことを考えながらアパートから歩いていけるスーパーで食材の価格を調べた。
売場をウロウロしていると、麺のコーナーが目に入った。焼きそばが3食分入って税込み98円。ということは1食分33円。その横にカット野菜がミックスされた袋が置いてあった。税込み88円。これを3回に分けて使えば1回30円。つまり、野菜焼きそばが1食63円で済むことになる。ちょっと嬉しくなってきた。
焼きそばの上の段に〈そうめん〉と〈うどん〉が置いてあった。その中に〈茹でずに洗うだけ〉と書いてあるものがあった。さっと水で洗い、すすぐだけで食べられるようだ。これならガス代が節約できる。2食分で税込み168円。ということは1食84円。思わず口元が緩んだ。これのおかずは、と考えた時、すぐに納豆が浮かんだ。売場に行くと特売の3個入りパックが78円で並んでいた。1個26円ということになる。そうめん＋納豆で1食110円。まずまず。
他に安いものがないかと探していると、総菜コーナーにあった。〈豚のロースかつ重＋讃岐うどんセット〉が税込み399円。これならご飯も肉も食べられるので満足感は高い。その横を見ると寿司のセットが置いてあった。〈にぎり寿司＋ざるそばセット〉がこれまた税込み399円。ざるそばに寿司が5貫もついてこの値段。スーパーの総菜コーナーは凄い！ と感動してしまった。
その後30分ほどかけて店内を隅々まで見て回ったが、食費はなんとか予算内で収まりそうなので少しほっとした。しかし気を緩めるわけにはいかない。今日は〈焼きそば3食入り〉と〈ミックス野菜〉、それに、洗うだけの〈そうめん〉＋〈納豆3パック入り〉を各1個買うことにした。
家賃と食費の合計が予算内に収まりそうなので、最後に雑費を検討した。年間予算32万円のうち保証金と更新料で57,000円必要なので、残りは26万円。6万円は何かのために取っておくとして、使えるのは20万円。つまり、毎月17,000円。これで電気、ガス、水道代とスマホの通信料を払わなければならない。
一番大きいのがスマホの通信料で月額7,700円。電気代はネットで調べると一人暮らし世帯の平均額が月額3,300円と出ていた。ガス代は季節によって大きく違うようだが、12で割ると月額3,000円ほどのようである。そして水道代、これは月額2,000円で済みそうだ。全部足すと16,000円。予算内で収まりそうだがスマホの通信料が突出している。これをなんとかしなければならない。早急に検討することにした。
手持ちの金でなんとか1年間暮らすことができそうだとわかってホッとしたが、収入ゼロではその先やっていけない。1日も早く仕事を見つけなければならないのだ。しかし、大学3年生で小説家になったわたしは普通の仕事をしたことがなく、就職活動さえしたことがないので憂鬱になったが、それでも食べていくためには仕事をするしかないので、気を取り直してスマホで検索を始めた。
ネットの求人サイトには色々な職業の情報が載っていた。思ったより多かったので安心したが、読み進めるうちに付帯条件があったり適性を求められている事に気がつき、仕事探しが簡単ではないことを思い知らされた。そこで資格や適性の観点からわたしの〈できない仕事〉を外していった。
運転免許証を持っていないから、車を使う仕事はダメ。
数字に弱いから、事務の仕事はダメ。
筋肉がないから、力仕事はダメ。
喧嘩に弱いから、警備の仕事はダメ。
口下手だから、営業の仕事はダメ。
笑うと顔が引きつるから、接客の仕事はダメ。
消去法で一つ一つ消していくと、自分のできる仕事は何もないことに気づかされた。
ため息が出た。自分は世の中から必要とされていないのではないかと虚しくなり、力が抜けてきた。胡坐をかくのもしんどくなったので横になると、天井の大きなシミが目に入った。そのシミがわたしを笑っているように感じた。
シミ以下だ……、
そう思うと底なしの穴に落ちていくような感じがして動けなくなり、瞼を開けているのもしんどくなった。目の前から光が消えるのに時間はかからなかった。
借りた部屋には、ガスコンロと小さな冷蔵庫と2槽式洗濯機、そして、正方形で折り畳み式になったちゃぶ台が置かれていた。前の住人の置き土産だという。どれも使い古されて汚れていたが、金のないわたしにはとてもありがたかった。
今日から新たな生活が始まる。気を引き締めていかなければならない。もちろんお金も。だから必死になってやりくりを考えた。1年間の家賃36万円を差し引くと、手元に残るのは約64万円。食費に使えるのは約32万円。月に直すと3万円弱。ということは1日千円までに抑えなければならない。しかも、手元にある小型のフライパンと鍋で作れる料理を考えなければならないのだ。炊飯器がないのでコメは食べられないから麺が中心の料理になる。そんなことを考えながらアパートから歩いていけるスーパーで食材の価格を調べた。
売場をウロウロしていると、麺のコーナーが目に入った。焼きそばが3食分入って税込み98円。ということは1食分33円。その横にカット野菜がミックスされた袋が置いてあった。税込み88円。これを3回に分けて使えば1回30円。つまり、野菜焼きそばが1食63円で済むことになる。ちょっと嬉しくなってきた。
焼きそばの上の段に〈そうめん〉と〈うどん〉が置いてあった。その中に〈茹でずに洗うだけ〉と書いてあるものがあった。さっと水で洗い、すすぐだけで食べられるようだ。これならガス代が節約できる。2食分で税込み168円。ということは1食84円。思わず口元が緩んだ。これのおかずは、と考えた時、すぐに納豆が浮かんだ。売場に行くと特売の3個入りパックが78円で並んでいた。1個26円ということになる。そうめん＋納豆で1食110円。まずまず。
他に安いものがないかと探していると、総菜コーナーにあった。〈豚のロースかつ重＋讃岐うどんセット〉が税込み399円。これならご飯も肉も食べられるので満足感は高い。その横を見ると寿司のセットが置いてあった。〈にぎり寿司＋ざるそばセット〉がこれまた税込み399円。ざるそばに寿司が5貫もついてこの値段。スーパーの総菜コーナーは凄い！ と感動してしまった。
その後30分ほどかけて店内を隅々まで見て回ったが、食費はなんとか予算内で収まりそうなので少しほっとした。しかし気を緩めるわけにはいかない。今日は〈焼きそば3食入り〉と〈ミックス野菜〉、それに、洗うだけの〈そうめん〉＋〈納豆3パック入り〉を各1個買うことにした。
家賃と食費の合計が予算内に収まりそうなので、最後に雑費を検討した。年間予算32万円のうち保証金と更新料で57,000円必要なので、残りは26万円。6万円は何かのために取っておくとして、使えるのは20万円。つまり、毎月17,000円。これで電気、ガス、水道代とスマホの通信料を払わなければならない。
一番大きいのがスマホの通信料で月額7,700円。電気代はネットで調べると一人暮らし世帯の平均額が月額3,300円と出ていた。ガス代は季節によって大きく違うようだが、12で割ると月額3,000円ほどのようである。そして水道代、これは月額2,000円で済みそうだ。全部足すと16,000円。予算内で収まりそうだがスマホの通信料が突出している。これをなんとかしなければならない。早急に検討することにした。
手持ちの金でなんとか1年間暮らすことができそうだとわかってホッとしたが、収入ゼロではその先やっていけない。1日も早く仕事を見つけなければならないのだ。しかし、大学3年生で小説家になったわたしは普通の仕事をしたことがなく、就職活動さえしたことがないので憂鬱になったが、それでも食べていくためには仕事をするしかないので、気を取り直してスマホで検索を始めた。
ネットの求人サイトには色々な職業の情報が載っていた。思ったより多かったので安心したが、読み進めるうちに付帯条件があったり適性を求められている事に気がつき、仕事探しが簡単ではないことを思い知らされた。そこで資格や適性の観点からわたしの〈できない仕事〉を外していった。
運転免許証を持っていないから、車を使う仕事はダメ。
数字に弱いから、事務の仕事はダメ。
筋肉がないから、力仕事はダメ。
喧嘩に弱いから、警備の仕事はダメ。
口下手だから、営業の仕事はダメ。
笑うと顔が引きつるから、接客の仕事はダメ。
消去法で一つ一つ消していくと、自分のできる仕事は何もないことに気づかされた。
ため息が出た。自分は世の中から必要とされていないのではないかと虚しくなり、力が抜けてきた。胡坐をかくのもしんどくなったので横になると、天井の大きなシミが目に入った。そのシミがわたしを笑っているように感じた。
シミ以下だ……、
そう思うと底なしの穴に落ちていくような感じがして動けなくなり、瞼を開けているのもしんどくなった。目の前から光が消えるのに時間はかからなかった。
