舞踏会が行われているホールに辿り着いた私は、賑やかな声が聞こえてくるホールの中へと足を運んだ。
ホールの中へ入ると煌びやかな音楽と舞踏会の参加者である人々の声が重なり合うように私の耳に入る。
「人が多いわね」
継母のヴィアラ、姉二人のリゼとロナもこのホールの何処かにいるのだろう。私はヴィアラ達から見つからないように、周囲に注意を払いながら、ホールの左側にある縦長のテーブルへと向かう為、止まっていた足を動かした。
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「殿下、今夜は素敵な貴婦人が沢山居られますのに、誰とも踊らないのですか?」
バルドにそう問い掛けたのは、バルドの近衞騎士の一人であるエドルだ。バルドはそんなエドルの問いに首を横に振る。
「踊りたいと思える相手がいないのだ。向こうからは声を掛けてこないしな」
「そうなんですね。なら、私と踊りませんか?」
エドルは冗談半分でバルドを誘うが、バルドは冗談だと思わなかったのか、嫌そうな顔をしてエドルを見る。
「いや、結構だ。男同士で踊ったら絶対、変な目で見られるだろう。誘ってくれたのは嬉しいがな」
「殿下、冗談ですよ」
エドルは優しい笑みを溢しながらそう言えば、バルドはため息をついてエドルの右肩を小突く。
「たっく、冗談だとは思わなかったぞ」
「申し訳ありません、殿下。じゃあ、今度は冗談ではなくお誘いしましょうか?」
「いや、いい。ん……? 見ない顔だな」
ホールの入り口側の左にある縦長のテーブルの角に立つ淡いピンク色の髪をし、綺麗な星柄のデザインが施された青色のドレスを身に纏った女性がバルドの視界に映り込む。
「見ない顔ですか?」
「いや、なんでもない。ちょっと行ってくる」
「私も着いて行きます」
バルドは視界に映り込んだ女性の存在が気になり、話しかけに行くことに決め歩き始める。そんなバルドの近衞騎士であるエドルもバルドに着いて行く為、歩み始めた。
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その頃、ティティアーナは見つかりたくないと思っていた相手であるバルドが、ティティアーナのことが気になり、こちらに向かって来ていることなど知ることもなく、豪華な食事に手をつけて口に入れながら幸せそうな顔を浮かべていた。
「美味しいわ……!」
普段、ヴィアラから出される食事はほんの少しだけ。満たされずお腹が空いても姉達に出されているような豪華な食事は私には出されない。
「お母様やお姉様達に見つからないかヒヤヒヤしていたけど、こんなに人がいるなら見つかることはなさそうね。バルド王子殿下とも顔を合わせずに帰れればいいのだけど」
ティティアーナは一人そう呟きながら、演奏隊が奏でる優雅な音楽に耳を傾ける。
「舞踏会、楽しんでおられますか?」
「え……?」
いきなり真横から声をかけられたティティアーナはちゃんとした返事を返すことができなかった。声をかけてきた相手に顔を向けると、会いませんようにと願っていた人物が立っていた。
「バルド王子殿下……ですか?」
「ええ、そうですよ」
「そう……なんですね」
ティティアーナはバルドを目の前にし、焦り始める。バルドは歯切れ悪いティティアーナの返事など気にすることなく会話を続けようとしてくる。
「とても綺麗なドレスですね。お名前伺ってもよろしいでしょうか?」
「えっと、申し訳ありません。ちょっと食べ過ぎてお腹が痛いので、失礼させていただきます」
ティティアーナはバルドにそう言い終わると逃げるように走り去る。
バルドはそんなティティアーナのことがかなり気になったのか、後を追いかけて行く。
「はぁ、はぁ、やっぱりシンデレラは王子様と出会う運命にあるのね。私は王子様と結ばれたくないのよ。逃げなければ……!!」
舞踏会が行われているホールから出たティティアーナは重たく感じるドレスのスカートの裾を捲り上げるように両手で持ちながら、城門を目指して夜の闇を走り行く。
「待ってください……! どうして逃げるのですか?」
「ひぃ……!?」
ティティアーナの背後からバルドの声が聞こえてきたことにより、ティティアーナは情けない声を上げてしまう。
バルドと共にティティアーナを追いかけて走る近衞騎士のエドルは、「本気で走れば捕まえられますがどうしますか?」とバルドに提案する。
「いや、いい。俺が捕まえる……!」
「え、ちょ、殿下!?」
バルドは本気で走りティティアーナと距離を詰めていく。そして、走るティティアーナの背後についたバルドはティティアーナの腕を強く掴み立ち止まらせる。
「捕まえましたよ……!!」
「はぁ、はぁ、そのようですわね。こうなったら仕方ないですわ。先に謝ります。殿下、申し訳ありません!」
ティティアーナはバルドにそう告げて、バルドの足を思いっきり踏みつける。先に走って行ったバルドを追いかけて、後方から走ってくるバルドの近衞騎士エドルはティティアーナの突然の行動に驚き声を上げる。
「殿下……!!」
「痛いぞ……!めっちゃ思いっきり足を踏まれた……!!」
ティティアーナに踏まれた右足を押さえながら、バルドはあまりの痛さにその場にしゃがみ込む。その隙にティティアーナはガラスの靴を脱ぎ捨て、夜の闇の中へと走り去って行った。
「殿下、大丈夫ですか……?」
駆け寄ってきたバルドの近衞騎士であるエドルはバルドの足の心配をしながら手を貸してバルドを立ち上がらせる。
「何とか大丈夫だ。しかし、あの娘、王子である俺の足を踏むなんて中々に面白い娘だ。気に入った。おい、エドル、後で調べておけ」
「調べておけとは殿下の足を踏みつけた先程の娘のことですか?」
「ああ、そうだ。じゃあ、戻るとするか。ん……?」
バルドがエドルと共に走って来た道を戻ろうとしたその時、バルドの左足に何かが当たる。
「これは……!?」
「先程の娘が落として行った物のようですね」
バルドはエドルの言葉に「そのようだな」と返事をし、ティティアーナが履いていたガラスでできた靴を拾い上げる。
「この靴に合う女性が先程の娘だ。明日、舞踏会に出席した女性を再度城に呼ぶんだ。絶対見つけ出してやる」
バルドはそう言いガラスの靴を手に持ち、エドルと共にその場を後にした。