初めての出陣(この世界では初陣(ういじん)というらしい)を言い渡された蘭は、心配する蝶子を作り笑いで抑え、一人で自分の部屋に帰ってきた。戸を閉めた瞬間、足がガクガクしてそのまましゃがみ込む。
「マジかよ……」
 さっき稽古で戦う恐ろしさを身を持って知ったばかりだ。実際は模造刀だったけど、真剣だと思っていたからあんなに必死に逃げていたのだ。まともに剣を交えるなど、到底できなかった。
 しかしそれもしょうがない事だった。何故なら蘭は剣どころか竹刀一本、バット一本、包丁一本持った事のない男なのだから……

「いくら信長の側にいるだけでいいったって、恐いもんは恐いって……」
 蚊の泣くような小さい声で呟く。そして先程の信長の言葉を思い返した。

『安心しろ。お前はずっと俺の側にいるだけでいい。それに……俺はまだ死なんのだろう?』

「確かに死なないけどさ~……俺まで死なないとは限らないじゃんかよ。」
 子どものように口を尖らすと、膝を抱えた。
 この弟との戦いの事は知らなかったが、信長が死ぬのは本能寺で間違いない。だから信長と一緒にいれば安全、と思われるけどここはパラレルワールド(仮説)なのだ。いつ何時、予想もしなかった事が起きないとも限らない。

「はぁぁぁ~~……」
 真剣だと思っていたのが実は偽物で、斬られたと思ったらただの打撲だった。ホッとひと安心したのも束の間、今度は本当の戦場へと行く事を強要された……

「早く帰りてぇ……」
 思わず出てしまった本音は、誰にも拾われる事なく空中に消えた。

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