「いっ!てぇよ~……もうちょい優しく……」
「これでも優しくしてあげてる方よ。はい、終わり!」
「ぎゃあぁっ!」
傷口をポンッと叩かれ、蘭が絶叫する。蝶子はため息をつきながら薬箱を片付けた。
光秀に向かって蘭の事を『大切な人』と口走ってしまった蝶子だったが、慌てて蘭の方を見ると気を失っていた。ホッとしたと同時にどこかガッカリした気分で、光秀と二人で自分の部屋へと運んできたのがついさっき。
ひっぱたいて起こした上、ちょっと乱暴に手当てしてあげたのは、蝶子の照れの表れである。
「たくっ……ザツなんだから。あーあ、市様から手当てしてもらいたかったなぁ~」
「悪かったわね、私で!」
「何だよ、その態度。可愛くねぇな。」
「どうせ私は可愛くないですよーだ!」
ぎゃあぎゃあ喚いていると、障子に人影ができた。誰か来たようだ。
二人共言い合いを止めてその人物が入ってくるのを待った。
「誰?市さん?」
「俺だ。」
「信長様!!」
声を聞いて慌てて戸を開けに行く蘭。そこにはまさしく信長が立っていた。
「わざわざご足労願わなくても。呼んで下さればこちらから出向いたのに。」
さっきの真剣での稽古の事を思い出してあからさまに皮肉を言う蝶子を蘭が抑える。
「まぁまぁ……さ、信長様。どうかお入り下さい。」
「いや、ここでよい。話はすぐ終わる。」
「え?どういう事ですか?」
疑問符を頭に浮かべて聞き返す蘭に向かって、信長は無表情のまま言った。
「信勝が動いた。蘭丸、お前も出陣だ。」
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