「油断大敵!」
「ひぃっ!ちょっ……ま、あっ!タンマ!!」
「タンマって……通じないと思うわよ……」
 今度は上段からの降り下ろしがくる。それを寸でのところで交わしながら思わず出た『タンマ』について、蝶子が冷静に突っ込みを入れた。

「中々やりますね。でも逃げてばかりじゃ稽古になりませんよ。」
「はぁ、はぁ……本物の刀相手じゃ、逃げるしかないでしょ……」
「え?本物?」
『本物』と聞いてビックリした顔で市を振り向いた蝶子だったが、一瞬の隙に光秀と市の視線が交わったのを見て頷いた。

(なるほど……信長も過激な事考えるわね。)

 蝶子は真っ青な顔で逃げ回る蘭を見て密かに笑った。

「蘭丸君。君は逃げ足だけは早いな。」
「ど、どうも……あのポンコツ親父に鍛えられたんで。」
 息を切らしながら自分の父親を思い出して苦笑する。
 実験器具や機械を弄っては壊して、その度に追いかけ回された事が懐かしい。逃げ足が早いのはこれが原因だと思うと可笑しくなった。

「ポンコツ……?それは本当のお父上の事かな?」
「えっ?」
「あぁ、ごめん。君達の素姓については深く詮索するなと殿から言われていたんだった。さぁ、続きをしようか。」
「あ、あの!」
「ん?」
「少しくらいなら、俺の事話してもいいですよ。その代わり、光秀さんの事もっと知りたいな。」
「え……?」
「あ、やっぱり嫌っすよね。こんな何処の馬の骨かもわからないような奴と親しくなるなんて……」
 あ然とした表情の光秀を見た蘭は慌てて取り繕う。

(何言ってんだ、俺は……ただ光秀と親しくなれば、将来本能寺の変の回避に繋がるかもって思ったんだけど、そんなに簡単にはいかないか。しょうがない。もう少し様子を見て……)

「いいですよ。」
「へ?」
「ただし、私に勝ったらです。」
「……へ?」
 言うが早いか、光秀は一度後ろに下がると、野球のバッティングポーズのような構えをした。
 そして目を瞑って大きく息を吐き出すと、次の瞬間カッと目を見開いて素振りするかのように蘭の脇腹を狙ってきた。

(マズい……かわせない!)

『死ぬ!』そう覚悟したが、想像していたような激痛は襲ってこなかった。その代わりに感じたのは、ヒリヒリとした熱と鈍痛。

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