「さて、どこまで話した?」
 信長の暢気な言葉に、いち早く現実に戻ってきていた蝶子が喚いた。
「『どこまで話した?』じゃないわよ!全然話が読めないんだけど!弟なのに敵?そんなのアリ?」
「落ち着けよ、蝶子……」
「これが落ち着かずにいられるかって。」
 立ち上がろうとする蝶子を蘭が必死に止めている。その様子を見ていた市が思わずといった感じで声を洩らした。

「ふふっ……本当に貴方達って仲が良いのね。」
「え?あ、いや…これは…」
「べ、別に蘭とはただの幼馴染で……」
「わたし達も仲が良かったんですよ?小さい頃は。」
「え?」
 二人揃って市を見ると、遠くを見る目つきで続けた。

「お兄様とわたしと信勝は歳が近かったから、いつも三人一緒でした。『共鳴』の力はある日突然備わったの。遊んでいる内にお兄様の声が聞こえてきたり、信勝が迷子になって泣いているのが流れてきてつられてわたしも泣いた事を覚えてるわ。その力をコントロールできるようになってからは、他の人達には内緒で秘密を打ち明けたりした。」
「市。言い過ぎだ。」
「申し訳ございません。」
「何で止めるの?もっと聞きたいよ、市さんの話。」
「黙れ!」
「キャッ!」
 鋭い音を立てて飛んだ扇子が、蝶子の頬をかすって障子に刺さる。固まる蝶子を蘭が優しく抱き寄せた。

「何するんですか!?」
「お前らなんかにはわからない。幼馴染なんて血の繋りのないただの他人だろ?いつまでも仲良しこよしでいられる訳ではない。いいか。この前の道三の件で目の当たりにしただろう。息子が父親を殺す。それが当たり前の世界なんだ、ここは。俺だって親戚、縁者のほとんどを滅ぼした。後はあの生意気な信勝だけなんだ。今まで大人しくしてると思って油断していたが、どうやらこちらに向かって挙兵してくるらしい。」
「……え?」
 声を出したのは市だった。さっきは縁を切るだなどと言っていたが、やはり姉としてショックなのだろう。
 蘭は蝶子を抱きしめながら信長に向かって言った。

「それは確かな情報なんですか?」
「あぁ。勝家の事だから間違いはない。」
「勝家さんが?どうやってその情報を……?」
「あいつの特技は交渉術だけではない。密偵に関しては玄人顔負けよ。」
 信長の言葉に、蘭は蝶子と顔を見合わせた。

(密偵……つまりスパイって事?しかも玄人顔負けって、プロ顔負けって事かよっ!)

 柴田勝家という人物のハイスペックさに茫然としている間にも、信長は語る。

「あいつにはこの清洲城と末森城を行ったり来たりさせていたのさ。あっちにしてみたら俺から勝家を奪って自分の家来にした気でいるが、実際は勝家は俺の忠実な家来なんだよ。」
「何か……色々すげぇっす。」
 信長の策士っぷりに感動していると、横から思いっ切り肘で突かれた。

「いっ……てぇ!!」
「いつまで抱きついてんのよ!」
 ダメ押しとばかりに蹴りを入れられ、無様に畳の上に転がる。そんな蘭を見下ろして『ふんっ!』と鼻を鳴らすと、蝶子は去っていった。

「昔の事か……忘れた訳ではないんだがな。」
「何か仰いましたか?」
「いや、何でもない。それより何だ、あれは。女に蹴られて反撃もできないなんて……おい、蘭丸!」
「は、はい!」
 慌てて体を起こすと正座する。そんな蘭に信長は、口角を上げて言い放った。

「台所番は一先ず休止。明日から庭で稽古だ。信勝の方はまだ動かんだろう。それまでみっちりしごくからな。覚悟しとけ。」
「え……えぇぇぇぇぇぇ~~!!?」
 こうして思いもしなかった稽古をやる羽目になった、蘭であった……

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