そして二日が経って、今日は信長と濃姫の祝言の日。
 蝶子は朝から女中達に囲まれて丁寧に化粧を施され、見た事もないきらびやかな着物を着せられて、儀式が始まる前から既に疲れきっていた。

「はぁ~……」
「失礼します。まぁ、良く似合っています。濃姫様。」
「あ!市様!し、失礼しました!」
 大口を開けて欠伸をしているところを、様子を見に来た市に見られてしまった。慌てて膝をつくと、今度は市の方が慌てる番だった。
「そんなに畏まらないで下さい。これからはわたしに対して敬語は不要です。」
「え?で、でも……」
「偽装とはいえ、貴女はこの城のお殿様の御正室になられたのですよ。わたしはただの妹。立場は歴然です。」
「そんな……急にそんな事言われても……」
 不安気な顔で市を見る蝶子をしばらく見返していた市だったが、小さく息をつくと言った。

「仕方ないですね。それでは他の者がいる前では極力会話は慎みましょう。こうして二人の時や蘭丸が一緒の時は貴女が話しやすい話し方で宜しいですわ。歳もそんなに変わらないようですし、その内対等に話せる日がくるでしょう。」
 にっこりと音がつきそうな程の笑顔でそう締めると、徐に着物の裾を翻して部屋を出て行こうとした。慌てて蝶子が引き止める。
「あの!」
「何ですか?」
「気になっていたんですけど、信長様や秀吉さん以外にも超能力?を持ってる方っていないんですか?」
 昨日話を聞いていた時から思っていた事だ。他言無用の事柄なのだから、もし他にもそういう人物がいるのなら教えてもらわないとマズイのではないのか。

「残念ながらこの尾張の国にはお兄様と藤吉郎しか、力を持つ者はいません。他の国にはもっと凄い能力を持っている人がいると聞いた事はありますが。」
「そうなんですか……では市様も?」
「わたしはお兄様と比べたら大した事はありません。ただ『共鳴』する事しかできないので。」
「え!?それってどういう事ですか?」
 目をパチクリさせながら驚くと、市は苦笑した。

「『共鳴』といっても特定の人とだけしか心を通わす事ができないのです。その相手はお兄様と亡くなったお父様、後はもう一人……」
 一瞬悲しい表情になった市だったがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「『共鳴』の力は心が通じる人同士でしか使えないものなので、説明が難しいですけれど。心を研ぎ澄ませて相手の事を思うと、その人の考えている事とか感情が流れ込んでくるとでも申しましょうか。ただしこれも体力が必要なので滅多な事では使いませんが。」
「なるほど。そうなんですね。じゃあもちろんこれも……」
「えぇ。他言無用でお願いします。でも蘭丸には許可しますわ。」
 最後は悪戯気な顔でウインクをすると、今度こそ部屋を出て行った。

「『共鳴』かぁ~……私も欲しいな、その能力。」
 一人ポツリと呟く蝶子だった……

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