「信長だ!義元の方に向かってる!」
 その時、信長が馬を降りて義元の方に歩いて向かっているのが見えた。それに気づいた義元が不敵に笑うのがここからでもわかって、背筋が震える。

 ハラハラしながら見ていると、信長の命令でその場にいた織田軍は戦うのを止めてその場から離れた。今川軍も信長の威圧感に負けたのか徐々に後退して、結局残ったのは信長と義元。両軍の総大将のみになった。

「これはこれは信長殿。わざわざお越しになるとは。しかし織田信長ともあろうお方が奇襲とは、亡き父上が聞いたらさぞや悲しむでしょうなぁ。」
「こちらとしても勝つ為には手段を選んでいられないんでね。俺の野望を叶える為にはまず貴方をやらなければ何も始まらない。」
 義元の挑発に冷たい声音で答える信長に、流石の義元も顔が引きつって二の句が継げないようだった。

「……っ…そ、そうだ。元康を唆したのも君だな?あいつはわしに忠実だった。それなのに……」
「ふんっ!忠実ねぇ~……あんた、自分の足元だけ見てないでもっと周りを見たらどうだ?このボケ老人が。」
「なんだと!」
「元康。あぁ、家康か。隠れてないで出てこい。」
 信長が茂みに向かって呼ぶと、ガサガサと音を立てて家康が出てきた。義元は茫然と家康を見つめている。

「元康……」
「私は家康です。もう貴方の奴隷ではありません。」
「奴隷……?」
「奴隷と同じでしょう。貴方、私に何をしたかわかっていますか?年端もいかない子どもをまるで物のように……領地争いの為にたらい回しにされて、一体どうやってまともに育てと言うんですか?松平の家に生まれたのに私にはもう、帰る家すらありませんでした……」
「…………」
「いっその事このまま死のうと思いました。私一人死んだところで今川の人質がのたれ死んだだけだと思われる。それでも良かった。でも貴方の寝顔を見た時、ふと思ったんですよ。この平和ボケした憐れな老いぼれをいつか自分の手で……ってね。そこからは文字通り死物狂いで松平家の元家臣を集めました。そしてこの信長様を味方にする事が出来ました。まぁ、結果的には貴方に感謝しなくてはいけませんね。今川義元を抹殺する為に、今まで生きてこられたんですから。」
「き……貴様ぁ~!人質の分際で何を偉そうな事を!」
「ちっ……本性出しやがったな。」
 急に真っ赤な顔で怒鳴り出した義元に信長が短く舌打ちをして刀を構える。その後ろで家康も鞘から刀を抜いた。

「よし!計画通り!」
 一部始終を見ていた蘭も身を乗り出した。

 家康はわざと義元を怒らせたのである。キレると前後不覚になるという義元の性格を逆手に取った、ずっと義元と共に過ごしてきた家康だからこそ実現できた作戦だった。

「この裏切り者めが!」
「あっ!!」

 その瞬間、蘭は見た。義元がゆっくりと右手を動かしたのを。
 一回、二回……そして………

「信長様!今です!」
「!?」

 蘭の声が響き渡る。真っ直ぐ指を差したその先には、今まさに槍を取り寄せた義元の姿があった。
 義元の瞳が蘭を見て驚きと恐怖で丸くなる。その刹那……

「義元ーー!」
「……ぐぅっ…!」

 家康の刀が義元の腹を突き刺した。
 義元は左手に刀、右手に槍を持ったままずるずると崩れ落ちて、やがて動かなくなった。

「……はぁ~…」
 人が刺されて死ぬ様をバッチリ見てしまった蘭は、そのまま茂みの中に蹲った。
「蘭丸君!」
 すぐさま家康が飛んできてくれて、抱き起こしてくれる。蘭は青い顔をしながらも微笑んだ。
「良かったですね。」
「え?」
「積年の恨みを晴らす事が出来て。」
「……えぇ。」

 織田や今川の人質として生きてきて、自分は一体何をしたいのか何を守りたいのかわからなかったけれど、義元を自分の手で葬った今、何となくわかったような気がした家康であった。

(私はこれから岡崎城の城主として、織田信長と共に天下を目指す!)

「家康さん……」
「はい?」
「申し訳ないんですが、腰抜けちゃいました……」
「……え?」

 結局その後、蘭は信長に叱られながらも再び勝家の世話になって帰城した……



「信長だ!義元の方に向かってる!」
 その時、信長が馬を降りて義元の方に歩いて向かっているのが見えた。それに気づいた義元が不敵に笑うのがここからでもわかって、背筋が震える。

 ハラハラしながら見ていると、信長の命令でその場にいた織田軍は戦うのを止めてその場から離れた。今川軍も信長の威圧感に負けたのか徐々に後退して、結局残ったのは信長と義元。両軍の総大将のみになった。

「これはこれは信長殿。わざわざお越しになるとは。しかし織田信長ともあろうお方が奇襲とは、亡き父上が聞いたらさぞや悲しむでしょうなぁ。」
「こちらとしても勝つ為には手段を選んでいられないんでね。俺の野望を叶える為にはまず貴方をやらなければ何も始まらない。」
 義元の挑発に冷たい声音で答える信長に、流石の義元も顔が引きつって二の句が継げないようだった。

「……っ…そ、そうだ。元康を唆したのも君だな?あいつはわしに忠実だった。それなのに……」
「ふんっ!忠実ねぇ~……あんた、自分の足元だけ見てないでもっと周りを見たらどうだ?このボケ老人が。」
「なんだと!」
「元康。あぁ、家康か。隠れてないで出てこい。」
 信長が茂みに向かって呼ぶと、ガサガサと音を立てて家康が出てきた。義元は茫然と家康を見つめている。

「元康……」
「私は家康です。もう貴方の奴隷ではありません。」
「奴隷……?」
「奴隷と同じでしょう。貴方、私に何をしたかわかっていますか?年端もいかない子どもをまるで物のように……領地争いの為にたらい回しにされて、一体どうやってまともに育てと言うんですか?松平の家に生まれたのに私にはもう、帰る家すらありませんでした……」
「…………」
「いっその事このまま死のうと思いました。私一人死んだところで今川の人質がのたれ死んだだけだと思われる。それでも良かった。でも貴方の寝顔を見た時、ふと思ったんですよ。この平和ボケした憐れな老いぼれをいつか自分の手で……ってね。そこからは文字通り死物狂いで松平家の元家臣を集めました。そしてこの信長様を味方にする事が出来ました。まぁ、結果的には貴方に感謝しなくてはいけませんね。今川義元を抹殺する為に、今まで生きてこられたんですから。」
「き……貴様ぁ~!人質の分際で何を偉そうな事を!」
「ちっ……本性出しやがったな。」
 急に真っ赤な顔で怒鳴り出した義元に信長が短く舌打ちをして刀を構える。その後ろで家康も鞘から刀を抜いた。

「よし!計画通り!」
 一部始終を見ていた蘭も身を乗り出した。

 家康はわざと義元を怒らせたのである。キレると前後不覚になるという義元の性格を逆手に取った、ずっと義元と共に過ごしてきた家康だからこそ実現できた作戦だった。

「この裏切り者めが!」
「あっ!!」

 その瞬間、蘭は見た。義元がゆっくりと右手を動かしたのを。
 一回、二回……そして………

「信長様!今です!」
「!?」

 蘭の声が響き渡る。真っ直ぐ指を差したその先には、今まさに槍を取り寄せた義元の姿があった。
 義元の瞳が蘭を見て驚きと恐怖で丸くなる。その刹那……

「義元ーー!」
「……ぐぅっ…!」

 家康の刀が義元の腹を突き刺した。
 義元は左手に刀、右手に槍を持ったままずるずると崩れ落ちて、やがて動かなくなった。

「……はぁ~…」
 人が刺されて死ぬ様をバッチリ見てしまった蘭は、そのまま茂みの中に蹲った。
「蘭丸君!」
 すぐさま家康が飛んできてくれて、抱き起こしてくれる。蘭は青い顔をしながらも微笑んだ。
「良かったですね。」
「え?」
「積年の恨みを晴らす事が出来て。」
「……えぇ。」

 織田や今川の人質として生きてきて、自分は一体何をしたいのか何を守りたいのかわからなかったけれど、義元を自分の手で葬った今、何となくわかったような気がした家康であった。

(私はこれから岡崎城の城主として、織田信長と共に天下を目指す!)

「家康さん……」
「はい?」
「申し訳ないんですが、腰抜けちゃいました……」
「……え?」

 結局その後、蘭は信長に叱られながらも再び勝家の世話になって帰城した……

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