清洲城 市の部屋

「蘭……大丈夫かなぁ?」
 蝶子が不安そうに呟いた。隣で市とねねが何とも言えない顔で俯く。

 三人が心配するのも無理はない。蘭が今川の邸に行ってから一週間が経っていたのだ。その間忍者の長信からは何の連絡もなく、無事に潜入出来たのかもわからない状況だった。

「まさか……蘭はもう……」
「考え過ぎです、帰蝶様。便りがないという事は、少なくとも最悪の状況にはなっていないという事です。大丈夫です。大丈夫ですよ。」
「市さん……」
「あ、光秀さんがこちらに走ってきてます。」
「え?」
 ねねが廊下を見つめながら言うので、蝶子と市は揃って廊下を振り返った。確かに光秀がこちらに向かってくる。急いでいるその様子に蝶子はますます不安が募った。

(何の報せ?やっぱり蘭に何かあったんだわ……!)

「帰蝶様!たった今手紙が届きました。それとこれを。」
 光秀が手紙と風呂敷包みを蝶子に手渡す。蝶子は不安半分、期待半分という表情で、取り敢えず風呂敷を開いてみた。もちろん、光秀が部屋を出て行ってから。

「こ、これは……」
 そこには偏光フィルターや電極、外部端子等といった、液晶モニターを作る上で欠かせない物が入っていた。蝶子が紙に描いた全ての材料が揃っている。みるみる内にその大きな瞳に涙が溜まっていった。
「ホントに……やってくれたんだ。あいつ、無事に成功したんだ……」
 まるでうわ言のようにそう呟く。茫然としている蝶子を微笑んで見つめていた市は、光秀が廊下を去ったのを見届けてからそっと蝶子に手紙を持たせた。

「帰蝶様。蘭丸からのお手紙です。何が書いてあるのか、わたし達にも聞かせて下さい。」
「……はい。」
 着物の袖で涙を拭うと、手紙を開いた。ねねがそっと襖を閉める。

「えっと……『俺は無事だ。義元は半信半疑の様だけど、しばらくの間は匿ってくれるそうだ。力の事も必要ならいくらでも使えと言ってくれている。こんなに上手くいったのは実は協力者がいたからなんだ。聞いて驚くなよ?あの松平元康がずっと今川を滅ぼそうと計画していたんだ。そして信長に助けを求めてる。勝家さんに仲介を頼んだから、もうすぐ返事がくるだろう。織田と松平が同盟を組めば、義元なんて恐くない。いつか桶狭間で滅ぼす事が出来る。でもそれはタイムマシンを取り寄せてからだ。だから早くモニターを直してタイムマシンの絵を完成させてくれ。いいか。分割してだからな。それを長信さんに渡してくれ。その材料を見てわかる通り、義元の力は本物だ。絶対上手くいく。頼んだぞ。
 追伸 市様、ねねちゃんによろしく言ってくれ。』だって。」
 ふぅっと息をつくと、蝶子は改めて風呂敷の中身を見た。フィルターも電極も端子も見間違える事なく本物だ。蝶子はまた一つため息をつくと、風呂敷を縛り直して立ち上がった。

「帰蝶様?」
「ちょっと部屋に行きます。夕方には戻るから。ねねちゃん、市さんをよろしくね。」
「任せて下さい!」
「くれぐれも無理はなさらないで下さいね。」
「わかってます。じゃあ。」
「行ってらっしゃいませ。」

 二人に深々と頭を下げられた蝶子は苦笑しながら、廊下を足早に歩いて行った。

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