惜しむらくは、淡雪のごとく

 キッチンに目を向けると、ちょうど穏やかな顔をした真白がゆっくりと湯を注いでいるところだった。

 円を描くようにお湯を注ぎ、丁寧に淹れている。

 晨が真白に教えた淹れ方だ。

 いつの間にか、真白は晨よりも美味しいコーヒーを淹れるようになった。

 そんな些細なことが二人でいる時間の長さを表しているようで、そわそわしてくる。

 それから、晨はほんのりクリーム色をした天井を眺めて、自分でもよくわかっていない感情に浸った。

「晨」

 真白に呼ばれ、ゆっくりと起き上がる。

 部屋がコーヒーの香しい匂いでいっぱいになっていた。

 テーブルに置かれたコーヒーカップから湯気が立ち上っている。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 晨の言葉に、真白は笑顔で応え、晨の足元に座った。

 真白はラグの上がお気に入りで、あまりソファーに座ることがない。

 真白曰く、毛足の長いラグが気持ちいそうだ。

 晨がコーヒーを口に含む様子を、なぜか真白はジッと見ている。

 不思議に思いながらも、二口目を飲んで、カップをテーブルに戻した。

「何?」

「晨って、コーヒー嫌い?」

「好きだよ。じゃなきゃ、こんなにも飲まないよ。どうして?」

「コーヒーを飲むたびに、眉間にしわを寄せてるから」

「そう?」

「うん。こんなふうに」

 そう言って、真白は眉間にしわを寄せ、険しい表情を作った。

「そんな顔してないよ」

「してるよ! 本当は、甘いほうが好きなんじゃないの?」

 晨はその言葉に、胸が締め付けられた。

 本当は、わかっているから。

 晨は甘党だ。

 ブラックコーヒーを好んでいたのは、晨ではない。

「これでいいんだ」

 晨は自分に言い聞かせるように呟くと、またカップを手に取り、コーヒーを口に運ぶ。

 とても苦くて、苦しくなる。

 コーヒーなんて……大嫌いだ。