イラストを描き始めた晨の耳には、もう何の音も入ってこない。

 集中が途切れるまで無心でペンを走らせる。

 この原動力がどこから来るのか、晨本人もわからない。

 無意識に五感で感じたものを、直感に従ってアウトプットしている。

 計算はしないし、人の反応を狙ってもいない。

 晨の中にある何かを表現している。

 それだけのことだ。

 不意に、華奢な手が止まった。

 我に返った彼の前には、背中まであるストレートの黒髪に夕陽が当たって輝き、屈託のない笑顔で振り返る女の子がいた。

 先程の変な少女を思い出させるイラストだ。

 このラフ画からは、不思議と名残惜しさを感じさせるものがある。

「何を描いてるんだ」

 馬鹿々々しい。変なことを言われて、どちらかと言うと不愉快だったのに、自分が無心で描いていたものからは正反対の印象を受ける。

 少女は、晨に何を与えたのだろう。

 決して、人物画を描くことのない彼を突き動かしたものとは。

 晨は大きく伸びをすると、気を取り直して依頼絵に取り掛かった。