紘一に向けて走っていく男の後姿は異様な雰囲気を放っている。

 晨にはすべてがスローモーションのように見えた。

 晨は急いで立ち上がり、男の後を追う。

 足に怪我をしてしまったのか、思うように走れない。

 理解するよりも、得体のしれない焦りだけが爆発しそうだった。

 男の持つバタフライナイフがゆっくり振り上げられて、紘一の胸に沈み込んでいく。

 ナイフは何の抵抗もなく、完全に刃が見えなくなるまで刺さった。

 刺した男が何かを叫んでいる。

 紘一に唾が飛んでいる。

 しかし、紘一は目を大きく開いたまま、硬直していた。

 晨は叫び、男へと掴みかかる。

 それが合図だったかのように、時間の流れが元に戻った。

 ナイフが勢いよく引き抜かれた胸からは、見たこともない量の血液が噴き出した。

 ナイフが晨の左腕を切りつけ、その弾みで遠くへ飛んでいく。

 紘一の身体が羽交い絞めにしていた男の腕から滑り落ち、糸の切れた人形のように地面に横たわった。

 男たちが何かを叫びながら、走り去っていく。

 晨は、その光景をただ茫然と眺めることしかできなかった。

 晨の世界に雨音が戻ってくると、紘一の口からごふっと真っ赤な血液が吐き出された。