「晨、晨」

 流しから聞こえ始めた水音に重なって、真白が晨を呼ぶ。

 顔を見る前から、真白がにやけているのがわかった。

「なに?」

 予想通りの表情をした真白を観察するように、ジッと見つめる。

「晨のイラスト、好きだよ」

「えっ、あ、うん……」

 唐突な告白に、髪を遊ばせていた指が止まり、目を瞬かせる。

「いつか、大切な人ができたら、その人を描いてね」

 晨はその言葉に、返事ができなかった。

 真白は気付いている。

 晨のイラストには、決して人物が描かれないことを。

 風景、それも幻想的な、どこか非現実的な世界ばかりであることを。

 晨は無言で立ち上がると、窓の方へ吸い寄せられるようにゆっくりと移動した。

 そこから見える景色はごくありふれた世界だ。

 様々な色の屋根が並び、あちらこちらから灯りが漏れている。

 空には一等星が輝き、居待月(いまちづき)が夜を闇から救い出している。

「いつか……」

 人を描ける日が来るのだろうか。

 大切な人など、できるのだろうか。

 それは、今の晨には想像もできないことだった。