「あ、かわいい」

 目の前にいた少女に言われ、晨はムッとして睨みつける。

「……なに?」

 晨のぶっきらぼうな返事に、少女は目を丸くしたが、すぐにっこりと笑みを浮かべる。

「ねぇ、お兄さん。私を殺してくれない?」

 今度は、晨が目を大きく見開く。

 言葉の意味を理解しようとして、早々に諦めた。

「……バカなの?」

 思わず出た言葉の冷たさに、自分の心臓がヒヤッとする。

 東雲晨という男は人に冷たくあるべきで、優しくしてはいけない。

 心を開いてはいけない。

 それは、あの日から晨の中に蔓延(はびこ)る強迫観念。

「その返しは新鮮だ!」

 晨の態度などお構いなしといった少女の反応に、晨は大袈裟に溜息を吐く。

 よく見ると、少女はまだ高校生くらいで、整った顔つきをしている。

 すらりと長い脚に細身のジーンズがよく似合っていて、パステルカラーのシンプルなパーカーが少女の可愛さを際立たせていた。

「大人をからかってないで、暗くなる前に帰りなよ」

「お兄さん、優しい! やっぱり、私、お兄さんがいい!」

 その言葉に、晨の肩がビクッと跳ねた。

「俺は優しくないし、何もしないから」

 相変わらずニコニコしている少女を睨みつけ、晨は返事を待たずに歩き出す。

 引き留められるかと思ったが、本気ではなかったのだろう。

 駅に向かう晨にかけられる言葉は何もなかった。