ケトルに水を入れて、スイッチを押す。

 マグカップを二つ出して、真白が好きなココアと自分用に紅茶のティーパックを用意する。

 そうしているうちに、ケトルからはコポコポと音が聞こえ、お湯が沸いた。

 二つのマグカップにゆっくりとお湯を注ぐ。

 すぐに甘い香りが漂ってきた。

 晨は真白の座るリビングに飲み物を運び、ローテーブルに並べた。

 真白はぼんやりと晨の一連の行動を見ていたようだ。

 再び正面に座った晨に、不思議そうな表情を見せる。

 これは、真白を落ち着かせるためでもあり、自分を落ち着かせるためでもある。

 過去へと引き戻され、恐怖と絶望の中に放り込まれる気がして、ずっと心臓が痛かった。

 自分よりも酷い状態の真白がいなかったら、晨の方がパニックを起こしていたかもしれない。

「飲める?」

「……うん。ありがとう」

 真白は腑に落ちない様子を見せながらも、大人しくマグカップを両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけて、一口飲んだ。

 それを見てから、晨も紅茶に口に含む。

 アールグレイの風味が口の中に広がり、冷えた心臓に温もりを与えてくれた。

 何かを言いかけてはやめる真白を、晨はあえて気付かないように振舞った。

 二人が飲み終わると、晨は何も言わずにマグカップを運び、洗う。

 晨には、これ以上何かを言うつもりはない。

 確かなのは、真白が晨と似た考えを持っていることと、それでも真白を殺すつもりはないということ。

 ただ、真白に言えるのは後者だけだ。

 この日、二人が今回の出来事や互いの言葉について、触れることはなかった。

 いつか話すことになるという、確信があったとしても。