「だったら、就職? 仕事に行かないの?」

「就職もしてないよ」

 晨は不思議そうに首を傾げる。

「じゃあ……何?」

「何って言われても。絶賛、殺してくれる人を募集中?」

 晨は何度目かわからない溜息を吐き、耳に髪をかけた。

「フリーター? ニート? いや、もう何でもいいや。とにかく、こんなことは止めて、家に帰りなさい」

「ないもん」

「え?」

「だから、私にはもう家がないの」

「えっと……家族は?」

「誰も、いない」

 少女の表情がわずかに(かげ)り、晨は胸の奥に小さな痛みを感じた。

「……ごめん」

「別に大したことじゃないし。あ、同情とかいらないから」

 晨には、次に続く言葉が浮かばなかった。

 高校を卒業したばかりなら、まだ十八歳だ。

 就職も進学もせず、帰る家もなくて、家族もいない。

 それがどういうことか、わかったつもりでいても、すっきりとした理解にまでは至らない。

「じゃあ、どこで生活してるの?」

「漫画喫茶」

 あっけらかんと言った少女を見て、晨は天を仰いだ。

 詳しい事情を知らない今、どう受け取ればいいか、判断に困る。

 晨は言葉を探すのを諦めて、雨が降りそうな空を見つめ、グッと奥歯を噛み締めた。

 人と深く関わるつもりはない。

 だけど、目の前には危なっかしい少女がいる。

 放っておけば、また変なことをいろんな人に言って回るのだろう。