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 水曜日は雨が降った。

 きっと平田くんは来ない。雨だから。そして、私と会いたくないから。
 そう思っても、私は彼と待ち合わせをしていた橋梁下に寄った。

 平田くんの姿はやはりなかった。
 鳥の姿も今日は見えない。

 雨が傘を叩く音がもの悲しく響く。
 私はため息をひとつこぼして、河川敷から土手の道に上がり、仕方なく帰った。

***

 木曜日。
 やっぱり平田くんの姿はなかった。
 どんな言い訳をしても許してくれないかもしれないけれど、ちゃんと話してから大学に戻りたい。
 そう思うのはきっと我儘なんだろうな。

「ただいま」
「お帰り。実習、きついの? なんだか最近顔色が冴えないけれど」
 
 私を迎えた母が心配そうに聞く。

「まあ、実習もきついけれど、ちょっといろいろ考えることがあって」
「そう」
「ねえ、お母さん。私を大学に行かせるの、大変だったよね?」
「そうねえ。うちはお父さんの稼ぎと、私のパートで行けたから、いいほうじゃないの? それより、鳴海、二年生のとき、学校に行かなくなったでしょ? あのときのほうが心配したわよ」
「うん……。心配かけちゃったよね。ごめん」
「もう過ぎたことだし、その後学校に戻ったからよかったけれど。一度学校に行かなくなると、行くのが怖くなって行けなくなる子もいるはずだから、あなたはよく頑張ったのね、きっと」
「ありがとう、お母さん」

 私も、そう。高校二年生のときに、親友だった子とうまくいかなくなって、二か月ほど学校を休んだことがあった。
 私が平田くんをほうっておけないのはそれもあるのかもしれない。

 親友だった友だちに会いたくなかった。そして、その子が、私のいない間にほかの女子と楽しくやっているのを見るのが怖かった。
 学校を四日休むと、学校に行くのがなんだか不安になった。そんなとき、私の支えになったのは習い事だった。ずっとしてきたピアノ。ピアノ教室の先生と生徒たちは、学校に通っていない私も、優しく受け入れてくれた。学校に通わずに習い事だけ通う私は、きっと周りから見たら、おかしい子だと思われていたかもしれない。けれど、学校だけが自分の世界のすべてじゃない、という事実は私を勇気づけた。
 結果的にその親友と仲直りすることはなかった。彼女と私の道は二度と交わらなかったけれど、それでも学校以外の世界を支えに、今までは関わったことのなかった女子とも話すようにして、私はすこしずつ世界を広げていった。
 順風ではないのかもしれないけれど、それでも今の自分は嫌いではない。
 平田くんにもせめて、平田くん自身を責めないように、心の重さを少しでも取り除けたらと思った。
 その心に嘘はない。

 明日も、あの河川敷に行こう。
 平田くんは来ないかもしれない。けれど、来るかもしれない。
 来たとしたら、私がいなかったら、落胆するかもしれない。それは嫌だ。
 少なくとも私は平田くんより長く生きていて、強いはずなのだから。