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 太陽が西の空に沈もうとしていて、橙色の光が辺りを照らしている。
 私が昨日、平田くんと会った場所に着くと、平田くんは川に浮かぶようにして群れをなす鴨を見ていた。よく見ると一種類だけでなくて、何種類かの鴨のような鳥がいる。

「平田くん、こんにちは。だいぶん待たせちゃった?」

 私の声に平田くんが顔を上げた。

「お姉さん。本当に来た」
「自分から言ったんだもん、来るよ」

 私がちょっと拗ねたように言うと、平田くんは笑った。

「ごめんごめん」
「今日は鴨がいるね」
「うん。でも、鴨だけじゃなくて、カイツブリらしきものもいる」
「カイツブリ?」
「うん。鴨より小さめで、ほら、潜ってしまうのがいるでしょ?」

 私は言われて目を凝らす。すべて鴨に見えたけれど、確かに頭を突っ込むだけでなくて、潜ってしまう鳥がいた。

「カイツブリは小さな魚とかを潜って捕まえるんだ」
「へえ」
「って、母さんから教えてもらったことだけどね」
「本当に詳しいのね、お母さん。今日も会いに行ってきたんでしょ? お母さん、具合はどうだった?」
「ちょっと疲れていた。検査入院だから、色々な機械で検査されるみたいで」
「そっか。私は胃カメラぐらいしか飲んだことないけれど、色々検査されるのは大変そうね」

 私の言葉に平田くんは目を見張った。

「お姉さん胃カメラ飲んだことあるの?」
「うん。こう見えて、意外と繊細でね。胃が痛むときがあって」
「それで、大丈夫だったの?」
「うん。ちょっと胃が荒れて出血がある程度だったから、胃薬を出されて終わったよ」
「そっか。……よかった」

 平田くんはなんとも言えない表情を浮かべて、自分のスニーカーに視線を落とした。

「母さん、胃がんだったんだ。お姉さんみたいに痛みがあるわけじゃなかったんだけど、なんとなく胃の調子が悪くて。それで病院に行くように俺、強く勧めたんだ。そしたら胃カメラでがんが見つかった」
「胃がん……」
「まだ初期のがんで、その部分を手術して取り除けばいいらしいけれど、ほかの場所にがんがないか、検査入院をしてるんだ」
「そうなんだね。初期のがんなら、そうだよ、きっと手術すれば大丈夫だよ」
「そうだといいけれど……」

 平田くんは眉を八の字に寄せてかすかに笑った。
 
「お姉さん」
「うん?」
「胃ってストレスに弱いんだよね?」
「とは言うね」
「母さんが胃がんになったのって、俺のせいでもあるのかな」

 私は平田くんの顔を凝視した。平田くんは泣きそうな顔をしていた。

「俺がガッコー行かなくなったからかな」

 私はなんて返していいかわからなくて、ただ、頭を横に振った。
 
「俺じゃなければ、あいつのせいだ」

 平田くんの声に凄みが増して、私は驚く。

「あいつ?」
「口に出したくもないけど、親父だった奴だよ」