「なぜあんなに平田が怒ってしまったのか、未だにわからないのだが……」
「はい」

 桜庭先生は思い出すように左下に視線をやる。

「平田は、両親が離婚して、母親の実家のあるこの校区に引っ越してきたんだ」

 私は驚いて桜庭先生を見た。

「父親がいないのは不便だろうと思い、私は言ったんだよ。私を父親のように頼ってくれて構わないからと」

 平田くんはその言葉に、

「俺は父親はいりません。俺に父親はいない」

 と憮然として答えたらしい。

「その……平田の両親がなぜ離婚したかまではわからないことだが、私は自分も父親の立場から、平田の言葉は少し寂しくてね。言ってしまったんだよ」
「なんて、ですか?」
「確か……。そんなふうに言うもんではない。と。それから、平田はお父さんもいたから生まれたんだよ、というようなことを言ったと思う」
「そのときの平田くんの反応は?」
「それが……『知ったような口をきくな! 俺は親父とは違う!』と急に怒鳴ってね。職員室で注目を浴びた平田はそのまま走り去ってしまい、その日から学校に来なくなったんだ。なにかが気に障ったのだろうけれど、短いやり取りだったものだから、私もよくわからなくてね」

 桜庭先生は困ったような疲れたような顔をした。
 桜庭先生に悪気はなかったのだろう。けれど、「気に障る」という言葉に違和感を覚えた。平田くんはどう感じたんだろう。本当に気に障ったのかな。

「父親と仲が悪かったのかもしれないが、そんなに怒ることを言ってしまったのだろうかと、今でもわからないんだ。けれど、私が失言をしたのには間違いない。それまで平田は普通に学校に来ていたのだから。平田の家を何度か訪ねたのだが、逆効果でね。今は定期的に電話はしているが、プリントなどは郵便ポストに入れるようにして、他はそっとしている」
「そうだったんですね」
「瀬戸さんが気になるのはわかるけれど、これは私と平田の問題だし、実習生の君は深入りしなくて大丈夫だから」

 柔らかく釘を刺されて、私は桜庭先生に対してそれ以上なにも言うことができなかった。
 平田くんと会う約束をしたのは、軽率なことだったかもしれないという考えが一瞬よぎり、私は頭を振った。
 確かに教師側に立ってできることは、私にはないのかもしれない。けれど、彼のなにかしら力になりたいのだ。

 私は学校での課題を終え、時計を一度確認してから、足早に校門を出た。