教育実習が始まってから一週間が経った。
教師の仕事は考えていた以上に多く、さらに、毎日レポートも書かなくてはならず、あっという間に時間が過ぎていく。昨夜も遅くまで授業の準備をしていたから、日曜日の今日は息抜きをしたくなった。
いつも夕方、帰り道に歩く川沿いを、今日は、パン屋さんへ昼食を買いがてら散歩することにした。回りを見ながら歩く時間は、私にとっては貴重な息抜き時間だ。
五月の連休が明けると急に暑くなった。でも真夏と違って、新緑も太陽も心地よい大好きな季節だ。
川面が日光に照らされてきらきらと輝いている。
この時間に出てきて正解だと思いながら歩いていると、橋梁下に一人の男子がいるのが目に入った。
彼が手にしているのはノートだろうか。
なんとなく気になった私は、その男子のほうに下りて行くことにした。もしかしたら、知っている生徒かもしれない。
「こんにちは」
私は熱心にノートに何かを書いている男子に声をかけた。やはり高校生ぐらいだと思う。けれど知らない顔だった。
声をかけられた彼は、驚いたように私を見つめ、沈黙した。
私はそんな彼の反応を気にせずに、彼のとなりに腰を下ろす。そして、彼に向かって微笑んだ。
「君の特等席? いい場所だね。ここなら強い日差しも当たらないし、風が涼しい」
彼は困ったように視線をうろうろさせている。
「最近川沿いの道を歩いていたけれど、ここまで下りてきたことなかったな」
もう一度にこっと笑いかけると、彼はほんのり頬を赤く染めた。
おや、照れてるのかな。可愛い。
「ノートに何を書いてるの?」
と、私は彼が手にしていたノートを指差した。
「こ、これはっ!」
彼は咄嗟にノートを隠した。
「あら、隠さなくてもいいのに」
私は気になりながらも、見せてくれるときを待とうとそれ以上は突っ込まないことにした。
彼がノートに書き込みながら見ていた先には、サギらしき白い鳥がいた。
鳥が好きなのかな。
私は彼が見ていたようにその鳥を観察する。
細く長い足の片方をゆっくりと上げて、下ろし、場所を移動すると、白い鳥は川の中に嘴を突っ込んだ。残念ながら獲物は取れなかったようだ。鳥は同じような動きを繰り返して、三度目に嘴に小魚をくわえて上を向いた。魚が鳥の喉に落ちて消える。
男子のほうをもう一度振り返ると、困った表情をしたまま彼がこちらを見ていて、目が合った。
「鳥、好きなの?」
「……俺じゃなくて、母さんが」
「お母さん? そうなんだ」
「その、お姉さん、いつまでここにいるの?」
「邪魔?」
「ええと、そういうわけじゃないけど」
「あなたはまだここにいるの?」
私が尋ねると、彼はデニムの後ろポケットからスマホを取り出して、時間を確認した。
「もう少しね」
「もしかして、彼女さんと待ち合わせだった?」
「そ、そんなのいないし。昼食の時間に病院に行けば、母さんが食べてるときに一緒にいられるから」
彼はまた顔を赤くして、もごもごと言った。
病院?
私は眉をひそめる。
「お母さん、入院、してるの?」
私は遠慮がちに言葉にした。
彼は、黙って頷いた。
「……私ももう少しここにいてもいい? 私は瀬戸鳴海。大学四年生。あなたは?」
「平田将一」
「高校生?」
「二年。ガッコー行ってないけど」
私は平田くんの答えに、どきりとした。
平田将一。聞き覚えがあると思った。
そうか、彼が。
私が教育実習に行っている南高校に、平田将一くんという生徒がいる。彼は二年生になるときに南高校に転校してきたそうだ。けれど、四月初めに、担任の桜庭先生と言い合いをしてから、学校に来なくなったと聞いていた。その桜庭先生は、私が教育実習でお世話になっている指導教諭だった。
教師の仕事は考えていた以上に多く、さらに、毎日レポートも書かなくてはならず、あっという間に時間が過ぎていく。昨夜も遅くまで授業の準備をしていたから、日曜日の今日は息抜きをしたくなった。
いつも夕方、帰り道に歩く川沿いを、今日は、パン屋さんへ昼食を買いがてら散歩することにした。回りを見ながら歩く時間は、私にとっては貴重な息抜き時間だ。
五月の連休が明けると急に暑くなった。でも真夏と違って、新緑も太陽も心地よい大好きな季節だ。
川面が日光に照らされてきらきらと輝いている。
この時間に出てきて正解だと思いながら歩いていると、橋梁下に一人の男子がいるのが目に入った。
彼が手にしているのはノートだろうか。
なんとなく気になった私は、その男子のほうに下りて行くことにした。もしかしたら、知っている生徒かもしれない。
「こんにちは」
私は熱心にノートに何かを書いている男子に声をかけた。やはり高校生ぐらいだと思う。けれど知らない顔だった。
声をかけられた彼は、驚いたように私を見つめ、沈黙した。
私はそんな彼の反応を気にせずに、彼のとなりに腰を下ろす。そして、彼に向かって微笑んだ。
「君の特等席? いい場所だね。ここなら強い日差しも当たらないし、風が涼しい」
彼は困ったように視線をうろうろさせている。
「最近川沿いの道を歩いていたけれど、ここまで下りてきたことなかったな」
もう一度にこっと笑いかけると、彼はほんのり頬を赤く染めた。
おや、照れてるのかな。可愛い。
「ノートに何を書いてるの?」
と、私は彼が手にしていたノートを指差した。
「こ、これはっ!」
彼は咄嗟にノートを隠した。
「あら、隠さなくてもいいのに」
私は気になりながらも、見せてくれるときを待とうとそれ以上は突っ込まないことにした。
彼がノートに書き込みながら見ていた先には、サギらしき白い鳥がいた。
鳥が好きなのかな。
私は彼が見ていたようにその鳥を観察する。
細く長い足の片方をゆっくりと上げて、下ろし、場所を移動すると、白い鳥は川の中に嘴を突っ込んだ。残念ながら獲物は取れなかったようだ。鳥は同じような動きを繰り返して、三度目に嘴に小魚をくわえて上を向いた。魚が鳥の喉に落ちて消える。
男子のほうをもう一度振り返ると、困った表情をしたまま彼がこちらを見ていて、目が合った。
「鳥、好きなの?」
「……俺じゃなくて、母さんが」
「お母さん? そうなんだ」
「その、お姉さん、いつまでここにいるの?」
「邪魔?」
「ええと、そういうわけじゃないけど」
「あなたはまだここにいるの?」
私が尋ねると、彼はデニムの後ろポケットからスマホを取り出して、時間を確認した。
「もう少しね」
「もしかして、彼女さんと待ち合わせだった?」
「そ、そんなのいないし。昼食の時間に病院に行けば、母さんが食べてるときに一緒にいられるから」
彼はまた顔を赤くして、もごもごと言った。
病院?
私は眉をひそめる。
「お母さん、入院、してるの?」
私は遠慮がちに言葉にした。
彼は、黙って頷いた。
「……私ももう少しここにいてもいい? 私は瀬戸鳴海。大学四年生。あなたは?」
「平田将一」
「高校生?」
「二年。ガッコー行ってないけど」
私は平田くんの答えに、どきりとした。
平田将一。聞き覚えがあると思った。
そうか、彼が。
私が教育実習に行っている南高校に、平田将一くんという生徒がいる。彼は二年生になるときに南高校に転校してきたそうだ。けれど、四月初めに、担任の桜庭先生と言い合いをしてから、学校に来なくなったと聞いていた。その桜庭先生は、私が教育実習でお世話になっている指導教諭だった。