闇が晴れるにつれ、わたくしの中で怒りが改めて沸き起こってきます。
「君に婚約破棄を言い渡す少し前から、兄上の金遣いが荒くなってきていた。もともと浪費家だったが、更に酷くなった。結婚式のパレードは見たかい」
「……いいえ……」
見ておりませんでした。
大怪我をした母のことでいっぱいいっぱいでしたし、何よりクララの幸せな姿を見て耐えられる自信がありませんでした。
「そこで二人が乗ったのは馬車ではなかった。自動車、というものを知っているかい。隣国が開発した馬の要らない乗り物だ。兄上は新しいもの好きだ。だから、そのためだけに一台だけ輸入したんだが、それがまた莫大な額だ。その年の民からの税の一割に匹敵する。そしてその輸入を請け負ったのが……」
「ウェントワース家……」
「ご明察。ふと気になって、事件とは別に調べてみたんだが……実際の輸入額は、なんとその倍していたのだ。水神の貯水池でウェントワース家が横領していた金額全部を併せてもなお足りない。いくら娘が嫁いだ返礼だとしても、釣り合わないにも程がある。だから私は、ウェントワース家のみならず王家にも密かに密偵を入れた。そこで明らかになったのが……」
アレクシス殿下は、わたくしの目をじっと見つめました。
彼の中にも、兄に対する怒りが燃えているのが見て取れたのでした。
「ウェントワース家による王家の分断だ。彼らは、アルフレッド王太子の身分を保証する代わりに、王家から国の統治の権利を奪い、執政としてこの国を支配するつもりなのだ」
……
「皆の者、本日は妻との結婚三周年のめでたい日に、よく集まってくれた。誠に感謝に絶えない」
美しく整備された真昼のガーデンで、アルフレッド・エングルフィールド王太子が直々に挨拶しておられます。
「この三年間、色々あった。まず嬉しかったのは、家族が増えたことだ。……アレン、おいで」
抱っこされた小さなアレンくんも、なんだかとっても嬉しそう。
「このアレンを、我ら夫婦に授けてくださった、女神様に感謝申し上げたい」
ぱちぱちぱちぱち。
観客から拍手が上がります。
「待ってくれ。実はもう一つ、報告したいことがある。……クラリッサ」
わたくしも、とっても嬉しい気持ちでいっぱいです。
「……みなさま、国王陛下お義父様、王妃お義母様。本日はあたくしたち家族をお祝い下さり、感謝申し上げますわ」
だって、シッスルが言っていたもの。
『貴女はこれから幸せになる。この国の、誰よりも幸せになる。いわば最高のご馳走よ』
「実はあたくし、今、嬉しくて泣きそうですの」
わたくしは、これから幸せになる。
『復讐は、その前の前菜だよ。美味しい美味しい、ね?』
「先週わかったことなのですが」
その前に復讐をするの。
「あたくし、お腹の中に新しい赤ちゃんが──」
クラリッサ、憎い憎いあなたに。
「国王陛下! それにお集まりの皆さま! ごきげんよう! リルオード・イングラムでございますわ! 嬉しいご報告の前に、陛下のお耳に入れたいことがございますわー!」
クララの顔が凍りつくのが見えました。
まるで死んだはずの人間を見ているかのようでございました。
結局、アルフレッド王太子の野望を知った国王陛下により、王太子は妻のクラリッサ共々、王家を追われることになりました。
ああ、可哀想なクラリッサ。
後に聞いた話だと、お腹の赤ちゃんは産むことが出来なかったそうです。
愛する旦那様は断頭台に。
アレンくんは孤児院に。
肝心のクラリッサは。
お腹の赤ちゃんを流産した翌日、幽閉されていた塔から身を投げました。
可哀想ですか?
わたくしはひどいですか?
かまいません、別に。
わたくしは、自分自身が幸せになるために、復讐を成したのですから。
では、ここからはあの日のダイジェストをお見せいたしましょう。
……
「はあっ? あ、あんたっ、うちの家がそんな馬鹿げたことしようとしてるとか、ほんきでそ、そう思ってるんじゃないでしょうねっ」
「貴様、我が王家と妻を侮辱するのは、ゆるさないぞ! だれか、だれかこの女をつまみ出せ! ……だれか! なぜ誰も来んのだ!」
「それは兄上。すでに王家には私から話を通してあるからだ」
「アレクシス……な、何を言ってる?」
「そこのリルオード・イングラム公爵令嬢が仰っていることは誠だ。なにせ私が七年かけて内偵させた結果だからだ。……そなたも分かっていて、兄に近づいたのだろう、クラリッサ・ウェントワース」
「あ、アレクシスさま、あ、あたくしがそんな大それたこと出来るはずが……」
「出来るんだよ。君はお父上から全てを教え込まされて、今ここにいる。すでにウェントワース家には憲兵の捜索が入っている。証拠も山のように出たとの通知が来た」
「くっ……弟の癖にっ! 誰がここまで育ててやったと!」
「なんとでもおっしゃい。もはやあなたは王家の者ではない」
「は……?」
「アルフレッド。私がアレクシスから報告を受けた時、お前をどう思ったと思うね?」
「ち、父上! 違います、全てはこの者たちのが謀ったこと! 私は王家のためクラリッサと結婚し……」
「それはお前のため、ではないのかね」
「ち、父上! 父上!」
「捕らえろ」
「父上! アレクシス! 違うんだ、信じてくれ、父上ーっ!」
「あなたー! あなたーっ!」
「ひどい、ひどいわリルオード! あたくしたちの家族を引き裂いて! ひどいわ!」
「あら、クラリッサ。ひどくなんかないわ……だって」
「とっても美味しい前菜だったもの」
「愛しいリルオード、おいで」
「はい、あなた」
新たに王太子になったアレクシス陛下に、今日も抱いていただきました。
わたくしが最後まで守った純潔も、無事、愛する陛下にあげることができました。
あれから、一年。
何度も身体を重ね、赤ちゃんを授かることができました。
身体がもともと細身だったから、初産はとても大変だったけど、王室総出でサポートしてくれたので、無事に出産できました。
可愛い可愛い女の子です。
名前はエレンディラと名付けました。
母様が立てるようになりました。
更に、父様が目覚めたと、病院から連絡がありました。
二人ともまだリハビリが必要だけど、あと少しで家族みんなで暮らせそうです。
陛下は毎夜愛してくれます。
一回じゃとてもたりないみたいで、わたくしが果てるまで愛をくれます。
おかげで二人目をお腹に授かりました。
昨日、分かったのです。
ああ、なんて幸せなんでしょう。
なんておいしいんでしょう。
「リルオード、エレンディラが泣いているよ」
「はいはい、今お母さんがおっぱいあげますからねぇ」
ちゅっちゅっ。
美味しそうに飲んでくれます。
そうだ、母様がよくわたくしに歌ってくれた子守唄。
あれはよく効くのです。
たしか──
「……」
「……? どうした?」
「あ、いえ……わたくしは今、無くしたものを思い出したのです。……とても、大事なものを」
「……今、幸せではないのか?」
ええ。
もちろん。
優しい夫は笑います。
わたくしも、笑顔を作りました。
とても、優しい笑顔を。
【第二章.完】
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
▶はなしかける
あたりをさぐる
プレゼントする
アイテム
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
はなしかける
あたりをさぐる
▶プレゼントする
アイテム
きれいなはなたば を プレゼント した!
「まあ! なんてきれいな はなたば! うれしいわ ありがとう ゆうしゃさま」
……
うれしいわ ありがとう ゆうしゃさま。
……
ありがとう ゆうしゃさま。
……
……
「剣士アルベルト、お前をこのパーティから追放する!」
「はあっ? なんでだよっ!」
オレはパーティのリーダー……クラウスが言い終わる前に、喰らいついた。
はあ、とクラウスは大きなため息をつく。
「……そういうところだ、アルベルト。リーダーである俺の、やることなすこと全方位に噛み付いてくるお前の性格。……合わないんだよ。正直うんざりだ」
「でもよっ! オレだってパーティに貢献してきたろ? なあ、エミーリア、グレーテ!」
オレが前衛で守ってきた白魔法使いと踊り子はリーダーのナイトにすがった。
「ごめんねえ、アルベルトちゃん。あたし、やっぱり、クラウスの言うことに一理あると思うの。……ねえ、エミーリア」
「……ごめんなさい、アルベルトさま……お許しを」
「……と、言う訳だ。協調性に欠けたお前はパーティには必要ない。さっさと出ていきな」
……勇者だかなんだか知らねえが。
両手に花を持って、浮かれやがって。
「なんだよなんだよ! わかったよ、そんなパーティ、こっちから願い下げだよ! あばよっ!」
オレはリンクスいちの高級宿屋を飛び出した。
……
村の大通りのあっちこっちには駆け出しの冒険者ばかり。
まだ不慣れな連中が、新しいパーティを探して右往左往。
──ちっ。オレもコイツらみたいにやり直せってか。
「あの、勇者様ですか?」
気弱そうな駆け出しの冒険者に声を掛けられた。
ああ。
なるほどな。
「そう見えるか……見えるよな。……わりぃ。オレ、勇者様じゃねえんだわ」
リンクスは銅鉱山で栄える比較的大きな村。
極めて良心的な価格で安価な青銅製の武器防具が揃うので、ここを「始まりの村」と呼び最初の拠点とする冒険者も多い。
で、オレが身につけているのは「真鍮製」の鎧。
青銅製の武具と違い金色に見えるから、黄金の鎧を身につけた一流騎士に見えるのだろう。
でも、真鍮も……黄銅。
銅製であることに違いは無い。
何を隠そうコイツも、このリンクスで作ってもらった初級の防具なのだ。
大好きな金色に見えるから。
それだけの理由で鍛冶屋にこしらえてもらった、ピカピカの鎧。
黄金に似た、真鍮。
勇者に似た、ただの剣士。
……ニセモノの、勇者。
オレにぴったりの名前だ。
そんなことを考えながら歩いているうちに、村の入口に着いた。
なんて言ったかよく分からない紫の花が、素朴な花壇に植えられている。
その中で、ジョウロ片手にぼーっと突っ立っている村娘に目がいった。
身に纏う服は、茶色のワンピースにエプロン。
その辺の、どこにでも居る村娘だ。
ただ、きれいな赤毛のお下げが、夕焼けによく映えて。
その後ろ姿はやけに。
──やけに、綺麗に見えた。
「……おい、どうした、そろそろ暗くなるぞ」
するとくるりと回って、その子はそばかすいっぱいに笑顔で答えた。
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
振り返ったその子は笑顔でそう答えると、また花壇の方に向き直った。
──なんだ、NPCか。
オレは心の中で独りごちた。
……
この世界には二種類の存在がいる。
オレらのような冒険者、盗賊、果ては北の魔王まで。
みな意思を持って自由に生き、どこへでも行ける生きているモンだ。
対して、宿屋の主人とか武器屋の主人──そしてこの子のような、同じことしか言わねえし、ひとつの事しかできねえやつらがいる。
オレらはそいつらをNPCって呼んでる。
なんのために、誰が創ったのか、それはわからない。
でも、気の遠くなるくらい昔からモブ達は居たし、もう居るのが当たり前過ぎてだれも何も感じない。
宿屋や武器屋の主は、まだいい。
役割があり、その使命を全うしているから。
でも、この子は──
たぶん、この村ができた時からここに居て、そして村が終わってもいるのだろう。
ようこそ。
みてみて。
そんなことを言いながら。
なぜかその事に思いを馳せると。
なぜか。
胸に穴が空いているかのような感覚に襲われるのだった。
……
で、目の前にいるこの子。
いつまでここに、この花壇に立っているのだろう。
「おい」
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
「そろそろ暗くなるぞ」
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
「……はあ、だめか」
モブに話しかけるヤツなんて、この世界に越してきたばかりのヤツか、頭が沸いちゃってるヤツだけだ。
「じゃあな、風邪ひくなよ」
「ようこそ はじまりの……」
律儀なヤツめ。
クラウスのヤツにも見習わせてやりてえぜ。
……
「ちょっと、そこのお兄さん」
「うわあ!」
びっくりした!
あの子が話しかけてきたと思った。
「な、なんだよ?」
「復讐」
「は?」
「復讐、したいでしょ」
あの子かと思ったその子は、にんまりと笑って、そう聞いてきた。
真っ黒なワンピース。
ヒマワリみたいな色した黄色いリボン。
モブじゃねえ──かと言って、プレイヤーとも違う……
……何モンだ?
「何モンって。名乗るほどのモノじゃあありませんが。念の為」
そういうと、仰々しくスカートの裾をあげて膝を曲げた。
「アザミと申します。以後お見知り置きを」
「アザミだぁ?」
オレは振り返ってあの子を見る。
足元に咲いている紫の花に、愛おしそうに水をあげている。
あ。
目が合っちまった。
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
「そうか……」
お前が大切にしている花は、アザミというのか。
「そう、わたしよ」
あの子の隣にいつの間に移動したシッスルが、肩に手を乗せ、割り込む。
でもその子は、蚊が止まったほどにすら気にせず、ジョウロから水をアザミに注ぎ続けている。
「花言葉は、復讐。──ねえ、貴方」
そしてあの子に寄りかかったまま、オレに問うた。
「復讐、したいんじゃない?」
「……なんで、そんなことを聞く?」
「ふふ。だって貴方……」
とん。
「うおっ!」
本日二度目の叫び声をあげたオレの隣に、シッスルなる女は瞬間的に移動して──本当に見えなかった──いたずらっ子っぽく笑った。
(クビになったんでしょ? 勇者様のパーティを)
ふふふ。
底知れぬ力を秘めたこの女は、オレにそう耳打ちすると、二歩下がって手を広げた。
「覚えておいでなさいな? 復讐は美味しい前菜。貴方が幸せになるための、美味しい美味しい、ごちそうだよ」
復讐?
ごちそう?
前菜?
……違う。
オレが欲しいごちそうは──
「ごちそうは?」
「こ……」
なぜこんな事を言ったのか、今になってもわからない。
「こ?」
ただ、この時。
「このっ」
「この?」
本気で、信じてたんだ。
「この子のっ! 笑顔が見たいっ!」
「……はあ?」
くるっ。
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
「見たいんだ!」
ただ。
この時、復讐を選んでおけば良かったと。
後からオレはひどく後悔するのだった──
「アルベルトさん、大丈夫かい」
「なにがよ」
「いや……お前さんのレベルだとちと厳しい相手だぞ」
オレは、はん、と息を吐いてやった。
「だからやり甲斐があるってもンだろが。この黄金の鎧に賭けてな」
「黄金って、お前さんのは真鍮じゃ……もがもが」
「細けーこと気にすんなって。じゃ、行くわ」
オレは愛用の剣を鞘に収め、金の竜が描かれた盾を背負った。
描かれてる絵は、鍛冶屋のバイトの絵描き志望の女の子に描かせたもんだ。
本当はただの鉄の剣、鉄の盾。
それでも、オレの心の奥底に、勇気が灯るのを感じる。
「しゃあっ、行ってくるぜっ!」
オレはギルドの扉を軽快に開け放って、そう高らかに宣言した。
……
「つまり……仲間への復讐は希望していない、と?」
「おう!」
「いいの? すーっとするよー? きもちいよ?」
「おう!」
「……あのね。こう見えてわたしだって復讐神やらせてもらってるからね」
「おう!」
「貴方の心の中くらい、見なくてもわかるんだけど」
「おう!」
「ホントは悔しいんでしょ。見返してやりたいでしょ」
「おう!」
「ねー? いい子だから、『お願いします』とおっしゃいな?」
「おう!」
「……」
「おう!」
「……だめだわ、コイツ」
「おう!」
「じゃあね、モブ子ちゃんと元気でね?」
「おう!」
……
はっはっは。
やったぜ。
あいつ、復讐「神」とか言ってたっけ。
オレ──
神様相手にテメェを通したぜ。
はっはっは。
ざまーみろー!
はっはっは……
はあっ、はあっ……
……てててて。
くそ、アバラ折れてるな。
左手が上がらねえ。
肩もやっちゃったかな。
でも、やったぜ。
これで村の水源を牛耳るリザードマンの親玉と手下ども、まとめてやっつけてやったぜ。
「はっはっは! ざまーみろー!」
オレは大声でひとり、勝利の雄叫びを上げた。
……
村の水路に、一週間ぶりに水が流れた。
この水路は村をぐるりと周っている。
だからもちろん……
村の入口にも清い流れを作っている。
モブ子(仮称)は、五分に一回、ここに立ち寄って桶に水を汲む。
七日前から、水を汲むフリをしていた、モブ子。
見ろよ、モブがバグってるぜ。
そんな悪口、見返してやりたくて。
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
はっはっは! ざまーみろー。
水のたっぷり入ったバケツを持って微笑むモブ子(仮称)は、今日はなんだかとても誇らしげだった。
モブ子(仮称)について。
今日一日観察していて気がついたことを書いてみる。
……
プレゼントが出来る!
これにゃあオレもびっくりしたぜ。
女心の「お」の字もしらねえオレなワケだが、見ているとどういう訳かある冒険者から色んなもん渡されてる。
なんでだ?
代わりに何かお礼をモブ子がする訳じゃああるまいし。
……それにしても。
「うれしいわ ありがとう ぼうけんしゃさま」
モブ子の分際で、ハートマークの吹き出しまで出して。
……面白くねえ。
試しに、薬草でもあげてみるか。
「ありがとうございます」
ザ・定型文!
くそう、こうなったら何がなんでもモブ子にお礼を言わせてやる!
……
二十分が経過して。
テメエの持ちモンの中身がすっからかんになるまで、モブ子に貢いだオレは、三千ゴルド分のアイテムを失ったと気づいて、ガクッとモブ子の足元で地面に這いつくばった。
くそう。
モブ子、意外と攻略が難しい。
そのほとんどが、「ありがとうございます」だったが……
そうだ。
一回だけ、「うれしいわ」が付いたな。
たしか……
そうだ、日輪草をあげた時だ。
日輪草は黄色いヒマワリみたいな花を咲かすレアな薬草だ。
体力を八割回復してくれる。
……花が良いのか?
オレはリンクスの花屋に駆け込んで、一番安くて色気も何にもねえ──もうそれしか買えなかった──、チューリップの花束を二百ゴルドで買った。
駆け足で村の入口に戻った時、また同じ冒険者──ちょっと太ってメガネの……オタクみてえな──に、オレが買ったのよりいい花束を渡されていた。
「まあ! なんてきれいな はなたば! うれしいわ ありがとう ぼうけんしゃさま」
……はん。
なんだよ。
誰でもいいんかい。
……モブ子のくせに、生意気だぜ。
オレは、心底腹が立った。
自分でも何でこんなに腹が立ってるのかわからない。
「あ、あのさ、ハンナちゃん。こんど一緒に……」
「ようこそ はじまりのむら リンクスへ! みてみて このおはな キレイでしょう」
「やっぱり、だめか……」
だはははは!
おいおい、コイツはモブなんだよ。
話しかけた所でひとつしか喋れないんだよ!
それになんだよ、ハンナって。
名付け親アンタか?
も少しセンスってもんがあんだろがよ。
とぼとぼと、なぜか肩を落として帰るそいつに、心の中は爆笑だ。
と、気づくとモブ子がこっちを見ている。
あれ。
何を見てるんだろう。
コイツから目を向けてくることなんてあったっけ。
……あ。
「これ? これが欲しいんか?」
「ようこそ はじまりのむら……」
「わーった、わーった。このアルベルト様が直々にお前にプレゼントしてやろう」
そう言って、二百ゴルドで買ったチューリップの花束をあげた。
「まあ! なんてきれいな はなたば! うれしいわ ありがとう ゆうしゃさま」
……
いま、なんつった?
ゆうしゃさま……って言わなかったか?
同じ言葉、同じ行動しかできないモブ子が、ふた束の花束を手に、うっとりと頬を赤らめている。
そしてこっちを向いて、にこっと笑った。
その時、初めてだった。
初めて認識した。
……
オレは、モブ子に恋しているということに。
あれから、二ヶ月が経った。
オレは誰とも組まずに、ひとり、黙々とクエストを続けた。
中には、別の村へ繋がるイベントが起きるクエストも幾つかある。
オレらはキークエストって呼んでる。
大抵の冒険者はある程度経験値が溜まってレベルがあがったら、そういったクエストを受けて村の外に出ていく。
言わばレベルアップの証だ。
そして、大概の冒険者は、この村には戻らない。
売っている武具は青銅製で、一線級の性能には遠く及ばないシロモノばかり。
売っている魔法も、火、雷、氷と回復の、初期魔法ばかり。
売っているアイテムも、薬草とその他少しだけ回復する、どれも百ゴルドもしない最低限のものばかり。
戻ってくるメリットも、この村に留まるメリットも、何も無いのだ。
見送りをするだけの村。
生きてるモノホンの村人も、NPCも、誰にも省みられずに、ただ見送り続ける日常。
そんな彼らの力になりたいと思った。
誰も戻ってこない村の入口で、誰に気にかけられる訳でもなく、ひたすらアザミに水をあげるモブ子。
そんな彼女の力になりたいと思った。
……
クエストは、村の危機を廃するものだけに絞って受注した。
二百ゴルドと少し、稼げればいい。
一番安いチューリップの花束を買える、金額。
(と、安い場末の宿代と食費)
毎日夕方。
ギルドに報告して報酬を貰ったら、ソッコーで花屋に立ち寄り、花束を買って、そしてモブ子にあげる。
「まあ! なんてきれいな はなたば! うれしいわ ありがとう ゆうしゃさま」
オレの負った傷は、どんな重傷でも宿屋で一晩寝りゃ、どんな傷も治る。
けれど、この赤毛のお下げの女の子の笑顔は、オレに百倍の勇気をもたらす、最高の魔法なのだった。
大好きだった。
この子の笑顔が。
地味な村娘の服が。
手に持ったジョウロが。
ゆうしゃさまとオレを呼んでくれることが。
花束を持って愛おしそうに微笑む、そのほっぺたが。
……
「ところであなた、あなたもハンナちゃん攻略派でござるか?」
人が愛する女の子を微笑みながら見てる時に。
そいつは、無粋にオレに話しかけてきた。