「──さん」

 私の意識は宙を彷徨っている。

「有沙さん」

 けれど体はどういう訳か、どこかに寝ているようだ。

「したい?」

 暖かい、お日様の日差しがほっぺたを暖めてくれている。

「復讐、したい?」

 このまま目を閉じていたかったけど、声の主はそれを許さないみたいだ。

「したいでしょ、復讐」

 復讐……?
 私はそんなの、いい。

 せっかく二十七連勤頑張ったんだもん。
 お兄ちゃんが。
 お兄ちゃんが心配。

「あらそう?」

 薄ら目を開ける。
 黄色いリボンを着けた女の子に見える影が、そう言ったように聞こえた。
 なんでだか、とても……綺麗に見えた。

「もったいないなあ。幸せになるための前菜(オードブル)なのにね」

 前菜(オードブル)
 なにそれ。

「まあいいや、またおいでなさいな。生田有沙さん。呼ばれてるわ」

 呼ぶ……誰が?

「貴女を呼ぶ人なんて、一人しかいないじゃない」

 ありさ。
 ありさ──

 それ……それってまさか。

「お兄ちゃ──」

 ……

「おにいちゃん!」

 私は目を開けた。
 ぴりっ。
 いたたっ……
 ほっぺたが痛い。
 そういえば私、トラックに跳ねられて、それで──

「大丈夫かい?」

 誰かが覗き込んでいる。
 逆光で、誰かはわからない。
 ……いや、違う。
 姿は見えなくても、この声は知っている。
 忘れるはずがない。
 だって、この声は今までずっと守ってきた……

「れいおにいちゃん……」
「なんだい、アリッサ」

 そう呼ぶと、私を膝枕していたお兄ちゃんは優しく微笑んだ。
 お日様が暖かい。
 そういえば。

 ……お日様の光を浴びたのは何日ぶりだろう。

「ほっぺを切っているじゃないか……そこのアザミかな」

 そう言ってお兄ちゃんは、ハンカチで私のほっぺたの血を拭いてくれた。
 ()()()お兄ちゃんはなんだか頼もしい。

『したいでしょ、復讐』

 なぜかふと、さっきの女の子の声が頭に浮かぶ。
 それは頭の奥底に張り付いては、離れないのだった。