――きゃぁあああっ!

 あの世とこの世の境。その片隅にある『花送町(はなおくりちょう)』――あやかしと人間が共存する奇怪な町。

 なかでも、一番栄えて賑わうは花街。奥に咲く誇る人気店『狐花(きつねばな)』は、今日も絢爛豪華な装いで、美しい花たちが舞い踊っていた。
 店の廊下で、茉莉花(まつりか)は料理を運び終えて息をついた。下っ端はいつも忙しい。すぐに次の仕事へと取りかかろうとして、悲鳴が座敷から響き渡った。

(聞き間違い、なわけないか)

 何事も無表情でやり過ごす、何を考えているか分からなくて不気味な愛嬌(あいきょう)
 と、意味不明な評価を受けている茉莉花も、流石に無視は出来ない。間違いなく茉莉花では対処不可でも、だ。覚悟を決めて、出ていったばかりの(ふすま)を再度引いた。

 飛び込んできた光景は。

「誰かぁ、誰か来て!」
「おいっおいしっかりしろ!」

 接客店員である猫娘の『芍薬(しゃくやく)』が助けを呼んでいる。
 傍らで運んだばかりの食事がこぼれ、客である女性が青白い顔で倒れていた。悶え苦しむ女性を押さえつけるのは、ともに来店した男性だ。

 男性はオロオロとしたのち、はっと茉莉花を睨む。今にも噛みつかんばかりの形相(ぎょうそう)だ。
 状況を見る限り、うちの料理を食べて苦痛に転げているのだから、怒るどころではないだろう。

(やっぱり、入るべきじゃなかったな)

 間違いなく『瑚灯(ことう)さま』案件だ。
 今、あの如何なるときも余裕を絶やさない、色気の権化のような、無駄に美丈夫(びじょうぶ)の恩人は何処に行ったか。
 少なくとも下っ端の出る幕ではない、責任者を呼べよと言われるやつだ。

 茉莉花は素早く周囲を見渡し状況を把握する。

 転がった食べ物と、倒れた姿。来店時の言いつけ。

 嫌でも事件のあらましと結末が分かってしまう。
 明らかにこれは。

 男性がつるっとした坊主を、室内灯で輝かせて立ち上がる。どすどすと畳を踏みならし、こちらに向かってきた。
 男性も連れが倒れて不安なのだ、謝罪と安心を。

「――貴様がわしのものに毒を入れたんだろうッ⁉」
「いいえ。毒は言われたとおりの分だけしか入れてません」

 犯人扱いだった。

 茉莉花は「落ち着いてください」と返してしまった。男性の顔が噴火寸前。
 怒りで真っ赤なのを見て、己のミスに目をつむった。そりゃ落ち着けるわけないですよね。

 そもそも何故こうなったのだろう。
 いきなり事件の犯人扱いされた茉莉花は、平凡だった数時間前の記憶を辿った。