「ジョシュア=ロベニア第2王子殿下。
あなたの言動にそう思わされるのは私。
あなたの言動でそう思わせたのがあなたでしてよ。
間違えないで下さいな?
立場と力のある加害者が被害者のような顔をして済ませようとするのは、卑怯ではなくて?」

 微笑みをかつて稀代の悪女だった頃のような氷の微笑に切り替え、きっぱり告げてあげるわ。
中身があなたの祖母ちゃんでもDVは許しません。

 恐らく初めての婚約者の圧を乗せた氷の微笑に息を飲む孫。
反論するのも忘れているみたいね。
これでも昔は王女だったのよ? 
舐めないでちょうだい。

 それにしてもついでに教師まで息を飲むなんて。
ちょっと傷つくわ。

 ま、それはともかく、人生経験豊富なお婆ちゃんに青臭いガキが勝てると思うなよ。

 あらあら、またお口が悪くなってしまったわね。

「それでは、ご機嫌よう」

 負傷した腕以外はきちんとしたカーテシーを取ってその場を後にする。
もちろん振り返った時にはいつものデフォルトの微笑みに戻しているわよ。

『あいつ、殺す?』

 ん?!
うちの可愛らしい聖獣ちゃんの不穏な声が頭に直接響いたわ?!

『あらあら、キャスちゃん?
いきなり何の殺害予告?』
『だって僕の愛し子を傷つけた』

 あら大変。
どこからともなく殺気を感じるわね?!

『ふふふ、駄目よ。
あんなポンコツでも一応王族だもの』
『昔もそう言ってたら、殺された』
『あの時は悪魔が絡んだだけでしょ』
『稀代の善人が悪女にされたのに』
『だからあれ以降王家にあなたの愉快な仲間達は見向きもしなくなったんだから、それで十分だわ』
『四公の奴らだって····』
『あれはある意味もらい事故みたいなものよ。
だからあれ以降彼らの血筋の誰か1人にしかあなたの愉快な仲間達は手を貸さなくなったんだから、それで十分だわ』
『むう。
善人め』
『そんな事を言うのはあなたと愉快な仲間達くらいよ』
『後で痛み取る?』
『そうね。
あの保険医が手を抜いたらお願いするわ。
どちらにしても、帰ったらキャスちゃんの白いもこもこな毛皮をもふもふしたいわ』
『……わかった』

 微妙な間は何かしら?

 可愛い聖獣ちゃんとの突然始まった念話を切り上げ、辿り着いた保健室のドアを無事な方の手で開ける。

「珍しいな。
四公の公女様。
どうかしたか?」

 うーん、やっぱり不遜なのよね、この人。
何がってわけでもないのだけれど、おちつかないの。

 お弁当を食べに行く時にたまーに廊下の曲がり角とかで出くわす黒髪の保険医さん。
前髪長いし厚めの細工物の眼鏡をかけているせいか、顔や瞳の色がいまいちはっきりしないのよ。

「腕を捻挫したようなので、診ていただける?」

 腕を差し出せば、眉を顰められたわ。

「これ……捻挫ではないだろう。
何があった?」
「うーん、痴情のもつれの果ての巻き込み事故?
の、ようなものです」

 デフォルトの微笑みを浮かべる。

「何だそのどうしようもなくくだらなそうな理由は。
とにかくすぐに治癒魔法を……」
「その前に、診断書を書いていただけまして?」

 遮って診断書を優先してもらう。

「何の為だ?」
「今後の保険に良いと親切な方にお聞きしましたのよ」

 だって相手は仮にも王家だものね。
証拠がなければ色々もみ消されるわ。

「……良いだろう。
無能と噂される割に抜け目はないんだな」
「誰かしらからの忠告に従っているだけですわ」

 昔の私の経験からの処世術ですけどね。

「なるほど」

 さらさらと慣れた様子で診断書を書き上げ、今度は待った無しにそのまま腕を取られた。

「お前は無能と言われて平気なのか?」
「うーん……特に困る事もありませんのよ?
無能だからと軽く扱うなら、その方とは疎遠になれば良いだけですもの」
「大抵ぼっちだよな」
「気心知らない方といるより、ぼっちの方が心穏やかで幸せでしてよ?」
「……そうか」

 何だか気の毒な何かを見るようなお顔をしてないかしら?
前髪と眼鏡のせいで雰囲気くらいしかわからないけれども。

 腕の血流が温かく感じ、痺れと痛みが消えていく。

 良かったわ。
腕の腫れも引いてくれたみたい。