「あらあら?」
「君は誉れ高い公女のくせに、蟲を食うのか?
流石だな」
「ふふふ、褒められると照れてしまうわ」

 素直に照れてみたのだけれど、どうしてかしら?
彼ってば、苦虫を噛み潰したようなお顔になったわ。

「この無能が。
褒めていない。
貶しているのもわからないほど頭が弱いのか」
「まあまあ、そうなのね。
それよりあなた達は自分で食事を用意するのね。
わかったわ」
「何?」

 あらあら、後ろの金髪組があからさまに狼狽えているわね?

 理由はわからないけれど家格君も鼻白んでいないで、彼らのリーダーであるあなたが仲間のフォローをすべきじゃないかしら。

「ローレン君、起こした火が消えてはいけないわ。
捌いただけのあちらのお肉にこのハーブソルトを端から手分けして振りかけましょう。
食べやすい大きさに切ったら、串に刺して、まずは私達2年生とミナ嬢の5人に、1人3本ずつの計算で火で炙っていきましょうか」

 まあいいわ。
こちらはこちらで動かないといけないもの。

 私は鞄からお料理グッズ一式が入った袋を取り出して、ローレン君とバナナの葉っぱに似た草の上にある捌いただけで放置していたお肉へと足を運ぶ。

 まあまあ、暇なのかしら?
後ろからぞろぞろついて来ようとしているわ。
いらないのなら邪魔しないで欲しいわね。

 ローレン君に目配せしながら袋を手渡して振り返ると、家格君をひたと見据える。

「おい、勝手に……」
「ねえ、公子?
無能とは違う有能なあなたなら知っているわよね?」
「何がだ!」

 言葉を遮る私に声を荒らげるのは構わないけれど、今は私もお肉を美味しくいただく事に全力で集中したいのよ。

 ローレン君はこちらをチラチラ窺いつつも、今回の為に調合した私の自家製ハーブソルトの容器を袋から取り出して振りかけ始めたわ。

 私もやりたいのに!
 
「火が消えてしまうと、流石にそろそろ危ないって事よ」

 けれど平民の彼にこの高位貴族達のお相手は荷が重いのも確かだから仕方ないわね。

「「え……」」
「何が言いたい?」

 ビクリと体を震わせて顔色を更に悪くする金髪組。
もちろん私の方が本来の立場は上だもの。
安心させるよう淑女の微笑みを向けてあげたわ。

 すると、まあまあ?
どうしてかしら?
何だかお顔が蒼白から白く変わったのだけれど?
金髪ちゃんなんて目に見えて震え始めたわ……寒いのかしら?

「おい、無能!
脅す暇があったら答えろ!」
「あらあら?」

 誰かにいつの間にか脅されていたの?
蟲が入り込んだのかしら?
怖いわねえ、気づかなかったわ。

 でもここは蠱毒の庭ですものね。
そんな事もあるわ。
やるわね、蟲。

「あ……あの、危ない、理由、は……ヒッ」
「おい、早く答えろ!」

 余程恐ろしかったのね。
可哀想に。

 そう思って震えながら尋ねる金髪ちゃんに更なる微笑みを向けて頷いてあげれば、小さな悲鳴を上げて身を竦ませてしまったわ。

 家格君も何だか切羽詰まって金髪組を背に庇うように私の前に立ったの。

 でもどこにも蟲はいないのよ?

 ……はっ、わかったわ!

 彼らは蠱毒の庭なんていう危険な場所で、無才無能な下級生の私の答えが違っているかもしれないという不安から、極限状態に陥って幻覚を見たのね!
何てこと!

 ここは彼女のわかりきった質問にさっさと答えて安心させてあげましょう!

「魔獣避けでは足りないから火を起こしてムカデ肉を焼くのよ。
ここは森だけに暗くなるのも早いわ。
魔獣が活発化する前に終わらせるべきではなくて?」
「「「は?」」」

 まあまあ、良かったわ。

 彼らと私の答えが合っているとわかって恐怖が抜けたのね。
3人共にぽかんとしたお顔になったわ。

「ここはB級以上の魔獣がたくさんいるでしょう?
魔獣避けは本来、人里に入らないよう魔獣が忌避するような波動を外に向けて放つ魔法具よ。
襲う意志を顕わにした危険度の高いB級魔獣がその気になってしまえば、いつまでも跳ね除け続けられる類のものではない事くらい周知の事実として理解していてよ」
「つ、つまり?」

 金髪君たら、魔法具に興味があるくせに知らないふり?
どこか差し迫ったような緊迫感を漂わせた演技がとってもお上手。

 はっ、これは上級生として下級生の私を指導しようとしているのね!

「魔獣がこちらを認識して忌避しないという意志を持って波動の不快感を無視するか、もしくはこの波動に慣れてしまえば、普通に入ってしまうわ」

 どうかしら、4年生!
今の解説はわかりやすくて合格点ではなくって!

 えっへんと胸を張るのも忘れないわよ!