「次期当主として励むあなたが嫌な事から逃げる私を疎んじるのは当然よ。
あなたとこうやってお話しするのが義妹のできる前なら、違っていたかもしれないわ。
けれど、今更でしょう?
実妹の話よりも、義妹の話を先に聞き続けた。
その上でそれを信じた言動を取り続けて理不尽に曝されたわ。
もう何年も」
諦め悪く食い下がったが、俺が如何に妹を見ていなかったのか、如何に義妹の言葉を優先してしまっていたのかを自覚させられただけ。
そして妹は公女として最低限の義務だけは果たしていた。
その自覚も持っていた。
妹を見ていなかった兄を、しかし妹は見ていた。
俺が義妹の言動を怪しみ始めた事も、俺の矮小なプライドで行動に移さなかった事も、全てを見透かされていた。
俺はただ謝るしかなかった。
そして今更だという妹に、少しでも歩み寄ろうと婚約者について尋ねたが、婚約者への辛辣だが的確な言葉が返ってくるだけだった。
「随分と辛辣だな。
王族との婚約や婚姻は貴族令嬢ならば羨む者も多いが、少しも望んでいないのか?
お前は婚約を解消したいか?」
妹の真意を確かめようと祖母譲りの藍色を窺う。
こうして見ると妹は纏う色も顔立ちも、両親より祖母によく似ているとつくづく思った。
それはそうか。
母は祖母の姉の子供で叔母と姪の関係だから、血が近い。
俺のように妹が母と少しでも似ていたら、母ももう少し妹を愛したんだろうか?
まるで自分は愛されているかのような考えに、心の中で頭を振る。
いや、そもそも母は俺を愛しているわけではなかったな。
あの人が愛しているのはあくまで自分だ。
しかしあそこまで実の娘を忌み嫌う理由もわからない。
あの人の娘への言動はまるで積年の怨みを晴らそうとするかのようで……異常だ。
義理の娘をあたかも愛しているかのように見える程に。
一瞬深く考えこんでしまった事にはたと気づけば、妹も何か別の事を思案していたようだ。
呼びかけると妹はハッとしたように、婚約についてどう考えていたのかを教えてくれた。
思いの外、公女としては至極真っ当な考えで、しかし普段の逃避に全力を傾ける妹からはかけ離れていて心底驚く。
普段が酷すぎてわからなかった。
そして個人としての想いを聞けば、思わず苦笑してしまう。
「今すぐあの婚約者を闇に葬って直接的な解消に持っていきたいわね」
「……大分過激だった」
義姉は王子に歪んだ愛情を持っているという義妹の言葉を鵜呑みにした事は無い。
しかしいつも王子の行き過ぎた言動を止める事はなく、今回の暴力を振るわれた件でもそれを公にはしなかった。
だから少なからず情はあるのかもしれないと考えていたが、完全にお門違いだったらしい。
王子は個人的には完膚なきまでに邪険にされていた。
それは……まあお互いに当然の結果だろう。
どちらにしても妹にとって王子の婚約者という立場は利用価値があったから捨て置いている。
それだけだったようだ。
何となくあの淑女然とした微笑みの下で考えている事は、予期せぬ程の腹黒さなように感じる。
話した限り妹は自らの血筋の価値も、狭い学園ではなく貴族社会での己の立ち位置も正しく把握していた。
「……お前……もしや無才無能を装っているのか?」
そう思わされたくらいには。
そんな俺に妹は王子と同じ事を言ったと失笑し、色眼鏡で都合の良い部分だけを見て、都合良く自分という人間を解釈したのだと指摘する。
自嘲するしかなかった。
妹はそんな俺達を静観していただけだったようだが、それよりも内心あの王子と同じ人間とひと括りにされた事の方にショックを受けたのは秘密だ。
貴族社会での価値観もわかっているのに無才無能を地でいき、王子の婚約者という立場から生じる責務は完全に無視して逃げ回るとか、鋼の心臓が過ぎるだろう。
結果今や婚約者の立場はそのままに、王家も干渉を諦めたかのように静観させた。
無才無能が無双している。
普通は王家からの婚約破棄一直線じゃないのか。
とはいえ、それも第2王子が卒業するまでの間だけだろう。
この国の立太子という大きな行事が王子の卒業後に控えている。
あなたとこうやってお話しするのが義妹のできる前なら、違っていたかもしれないわ。
けれど、今更でしょう?
実妹の話よりも、義妹の話を先に聞き続けた。
その上でそれを信じた言動を取り続けて理不尽に曝されたわ。
もう何年も」
諦め悪く食い下がったが、俺が如何に妹を見ていなかったのか、如何に義妹の言葉を優先してしまっていたのかを自覚させられただけ。
そして妹は公女として最低限の義務だけは果たしていた。
その自覚も持っていた。
妹を見ていなかった兄を、しかし妹は見ていた。
俺が義妹の言動を怪しみ始めた事も、俺の矮小なプライドで行動に移さなかった事も、全てを見透かされていた。
俺はただ謝るしかなかった。
そして今更だという妹に、少しでも歩み寄ろうと婚約者について尋ねたが、婚約者への辛辣だが的確な言葉が返ってくるだけだった。
「随分と辛辣だな。
王族との婚約や婚姻は貴族令嬢ならば羨む者も多いが、少しも望んでいないのか?
お前は婚約を解消したいか?」
妹の真意を確かめようと祖母譲りの藍色を窺う。
こうして見ると妹は纏う色も顔立ちも、両親より祖母によく似ているとつくづく思った。
それはそうか。
母は祖母の姉の子供で叔母と姪の関係だから、血が近い。
俺のように妹が母と少しでも似ていたら、母ももう少し妹を愛したんだろうか?
まるで自分は愛されているかのような考えに、心の中で頭を振る。
いや、そもそも母は俺を愛しているわけではなかったな。
あの人が愛しているのはあくまで自分だ。
しかしあそこまで実の娘を忌み嫌う理由もわからない。
あの人の娘への言動はまるで積年の怨みを晴らそうとするかのようで……異常だ。
義理の娘をあたかも愛しているかのように見える程に。
一瞬深く考えこんでしまった事にはたと気づけば、妹も何か別の事を思案していたようだ。
呼びかけると妹はハッとしたように、婚約についてどう考えていたのかを教えてくれた。
思いの外、公女としては至極真っ当な考えで、しかし普段の逃避に全力を傾ける妹からはかけ離れていて心底驚く。
普段が酷すぎてわからなかった。
そして個人としての想いを聞けば、思わず苦笑してしまう。
「今すぐあの婚約者を闇に葬って直接的な解消に持っていきたいわね」
「……大分過激だった」
義姉は王子に歪んだ愛情を持っているという義妹の言葉を鵜呑みにした事は無い。
しかしいつも王子の行き過ぎた言動を止める事はなく、今回の暴力を振るわれた件でもそれを公にはしなかった。
だから少なからず情はあるのかもしれないと考えていたが、完全にお門違いだったらしい。
王子は個人的には完膚なきまでに邪険にされていた。
それは……まあお互いに当然の結果だろう。
どちらにしても妹にとって王子の婚約者という立場は利用価値があったから捨て置いている。
それだけだったようだ。
何となくあの淑女然とした微笑みの下で考えている事は、予期せぬ程の腹黒さなように感じる。
話した限り妹は自らの血筋の価値も、狭い学園ではなく貴族社会での己の立ち位置も正しく把握していた。
「……お前……もしや無才無能を装っているのか?」
そう思わされたくらいには。
そんな俺に妹は王子と同じ事を言ったと失笑し、色眼鏡で都合の良い部分だけを見て、都合良く自分という人間を解釈したのだと指摘する。
自嘲するしかなかった。
妹はそんな俺達を静観していただけだったようだが、それよりも内心あの王子と同じ人間とひと括りにされた事の方にショックを受けたのは秘密だ。
貴族社会での価値観もわかっているのに無才無能を地でいき、王子の婚約者という立場から生じる責務は完全に無視して逃げ回るとか、鋼の心臓が過ぎるだろう。
結果今や婚約者の立場はそのままに、王家も干渉を諦めたかのように静観させた。
無才無能が無双している。
普通は王家からの婚約破棄一直線じゃないのか。
とはいえ、それも第2王子が卒業するまでの間だけだろう。
この国の立太子という大きな行事が王子の卒業後に控えている。