「学園での妹の服は庶民向けではなかったはずだが、シュアの目から見て他の令嬢より劣っているか?」
「いや、そういえばそうだな。
女子達は月影というデザイナーの服を好んでいるが、それと比べても遜色ない。
月影と専属契約する商会は何年も前に裁判沙汰で有名になったリュンヌォンブル商会だ。
その上、今ではシュシュでも有名になったからな。
伝手が無いとドレスも手に入らないと夜会でも良く耳にする」
「裁判沙汰?」

 そういえば、昨年度の4年Dクラスが研究発表していた時にそんな話をちらほらしていたな。

「覚えていないか?
確か当時羽振りの良かった新興貴族の令嬢が、月影がデザインした庶民服を買い占めようとしたのだ。
その理由がどうしようもなくくだらなくてな。
紹介すらしてもらえない月影のデザインする庶民服が、貴族社会での流行の発信になるのが気に入らなかった。
それだけだ」
「くだらん理由だな。
急に金と権力を持った勘違い貴族が考えそうな理由だ」
「商会は庶民服を貴族には売らないとして抵抗したんだが、今度は平民を雇って買い占めようとしたらしい。
怒った商会がその貴族には二度と販売はしないと名前を公開して抗議した。
業務妨害として証拠も揃えて告訴して、平民であっても購入できる枚数を一時的に制限したんだ」
「なるほどな。
だが新興貴族とはいえ、貴族と平民の裁判だろう?
貴族が圧倒的に有利だから、商会が負けたんじゃないのか?
あそこの商会長は平民だったはずだ」
「それがな、戦わずして勝った」
「どういう事だ?」

 王子、何故お前がニヤリと笑う?

「この貴族の行為に平民も、裕福でない下位貴族も、月影のデザインをこよなく愛する高位貴族からも、その貴族への抗議が集まった。
それに平民は王侯貴族には少なからず不満を持つものだ」

 その言葉に、何年も前の貴族新聞の見出しをふと思い出した。

「関係ない貴族達にも直接的な危害を及ぼそうとする平民が出てきて、確か王都の貴族の馬車に石をぶつける事件が相次いだんだったか」
「そうだ。
1度大きく全体が同調して動けば、人口が多い平民は脅威になる。
石をぶつけるだけで終わっていたのは、件の商会がはっきり相手の名前を公表して裁判に訴えたからだろうな。
それでも他の貴族達は危機感を募らせて大衆に追従し始めた。
結果その貴族の取引先が減り、身の危険も感じたみたいでな。
示談として商会へ多額の示談金を支払って、今は王都からいなくなっている」
「だから戦わずして勝ったのか。
それで月影も更に有名になったんだな」
「ああ。
実名も素性も性別すらもわからないから、余計に噂が噂を呼んで拍車をかけている。
それに腕も確かなようだ」

 最後の言葉には納得する。

 確かに時折見かけるその商会が販売する服やドレスは、従来のリボンやレースを多用したり、裾にボリュームのあるものとは違っていた。
個々の体型に合わせつつも、先進的なデザインだ。

「それに見た目だけじゃなく動きを邪魔せず、何かと機能的だとして男女共に愛好家も年々増えているらしい。
ただ月影の庶民服はともかく、ドレスは昔からの馴染みの紹介がないと購入できないようでな。
紹介されても月影が気に入らなければ断られるらしく、下手な者を紹介すれば紹介者共々断るらしい」
「ああ、それは聞いた事がある。
月影のドレスを着る貴婦人達は年齢問わず人柄や教養が申し分ない人物ばかりなのだろう?
そのドレスを着る事が貴婦人達の一種のステータスだとシエナが言っていた」

 昨年度の妹のクラスのバカ高い幸運のシュシュも、月影が関わり限定販売としたから付加価値が付いて大金貨1枚なんていう破格の金額で売れたんだろう。
当時は原価いくらだよと心の中でつっこんだものだ。

 しかも妹のクラスは幸運のシュシュの売上だけはほぼ全額を教会への寄付に回ている。

 上手くやったと思った。
誰の入れ知恵だったのかが気になるな。

 これまでのDクラスなら売上げの全てを卒業研究に充てようとするはずだし、共同研究の卒業した当時の4年Dクラスはそうするように助言していたと聞いた。
それくらいDクラスへの研究費の補助金は少ない。
もちろん学園祭の補助金もだが。