「すまない。
その通りだ。
今回の暴力だけでなく、これまでの事も含めてロブール公爵家からも学園からも何かしらの沙汰があるなら大人しく受けるつもりだ」
「私は父からもラビアンジェからも部外者扱いだ。
どうするかの権限は持ち合わせていない。
だがシュアも含めてそんな者達を好ましく感じていないことくらいは、そろそろ察しても良いと思っているが?」
「やはりそうか……」

 いい加減苛立ちが抑えきれなくなってきて、本心が口をつく。

 王子の眉根がぐっと寄る。

 俺に側近になれ、優秀なのに努力を厭わないお前には然るべき相応しい立場に在るべきだとか言いながら、自分は上辺以外何も見ていないかったんだろう。

「お前の妹に怪我を負わせた事は申し訳ないと思っている。
これまでの事も含め、改めて考えさせられた。
その上で以前につけていた影からの報告書を初めて読んだ。
ああ、影が邸に出入りするのは公爵に予め了承を得ている」
「それは知っている。
それで?」
「婚約者としてこの国の第2王子に相応しいとは思わない。
この考えは変わらない」
「それに関しては私も同意する」

 暴言や暴力を許す事はできないが、どちらにしても今の妹に王子の婚約者などまともに務まるはずがない。

 きっぱりと告げたと思えば、その後に続けるだろう言葉を躊躇う。

 何なんだ?
さっさと言え。

「だが、彼女の生活環境があまりにも……その……だな……」
「はっきり言え」

 遠慮からなのかは知らないが、躊躇うにしても沈黙が長い。

 はっきりと促すと、意を決したように口を開いた。

「ミハイル、お前は妹の生活環境があまりにも貴族のそれからかけ離れ過ぎている事に気づいていたか?」
「は?」

 この王子は早口で突然何を言ってる?
貴族の生活環境からかけ離れ過ぎている?
妹の逃げ癖が、ではなく、生活環境って言ったか?

 王子は俺の顔をじっと観察して、ほっと息を吐いた。

「やはり気づいていなかっただけか」

 どこか安堵したような様子に、こちらが戸惑う。

「どういう意味だ?」
「今回の件で私は、いや、私とラビアンジェの互いが、というべきか。
初めて互いがまともに話したのだと思う。
今までは……あいつも私と話す価値を見出していなかったらしい。
私が暴力を振るった時に止めてくれた教師達から指導を受けたのも、あいつの婚約者としての知らなかった側面を教えられたのもあったと思う。
話をして改めて俺の思うラビアンジェ=ロブールの人物像とかけ離れているように感じて、昔あいつにつけていた影の当時の報告書を読んだ」

 確かに、いつもは淑女の微笑みを浮かべて時々的外れな返答をしては聞き流している。
この王子達から詰め寄られ、蔑むような事を言われても妹は決して相手にしてこなかった。

 もちろん俺に対しても。

 それに周りの目から見た時、あまりに行き過ぎた言動が見られる時は切り上げるように諌めたりして、上手く何かしらの誘導をしている。
その時の妹は才女と褒めそやされる義妹などより、よほど公女らしい風格を垣間見せる。

「その報告書を私が見る事は可能か?」
「もちろん他言無用は約束してもらう必要があるが、見るのは構わない。
ただ……これまでに散々な言動をしてきた私が言う資格はないが……恐らくシエナへの見方が……」
「変わりそうか」

 やはり()()なのか。

「気づいていたのか……」

 ため息を吐いた俺に意外そうに王子が呟いた。

「シエナが入学するに当たって共に過ごす時間が増えたからな。
おかしいと感じる事が増えてきたが、1番のきっかけはシュア達に混じってラビアンジェに詰め寄っているのを何度も目にする事になったからだ。
客観的に見るようになったし、周りの生徒の反応も参考になった」
「うっ、すまない」
「いや、それまでは正直シュア達の事を批難できない。
忙しさを言い訳にして妹を、ラビアンジェをわざと見ようとしなかった。
シエナが言う事を鵜呑みにしていたし、ラビアンジェを責めた事もある」
「そうか。
それで……あの小屋に……」
「小屋?」

 待て、小屋って何だ?

 訝しげな顔を向ければ、逆に王子が戸惑った顔を返してきた。