『ラビアンジェ、母上はしばらく姿を現さない。
今のうちにお前も公女らしく変わるんだ』
『まあまあ?』
母が引きこもっている間に、この逃げる以外にやる気のない妹をどうにかしたかった。
王子の婚約者になっているなら監視と護衛の為に影がつくのは知っている。
守られている間に自分でも身を守れるようになって欲しいと願っていた。
しかしそれでも妹は変わらない。
初志貫徹とばかりに逃げ続ける。
何なら城へも足を運ばない。
どうやらあの日婚約者となったばかりの王子を放ったらかして帰ったのは、王子にも問題があったらしい。
だがそれを言い訳にして良いはずもない。
このままいけば、最悪は婚約解消になるだろうと思った。
それではまた妹の身が危なくなる。
いつも必死に探した。
なのに1度隠れれば、どれだけ探しても妹は気配の片鱗も掴ませない。
時々タイミングを見計らって隠れる前に捕まえても、講師の言葉は右から左に受け流してしまう。
頼んだ講師からの申し訳無さそうな断りの言葉も、続けば慣れてしまった。
仕方ない。
講師がここに訪れても妹は逃げるだけで学ばないのだから。
逃げとスルーのポテンシャルは異様に高く、俺という危険への察知能力は群を抜いている。
どう考えても無能ではない。
逃げの特化型だ。
何の猛者だ。
そんな事を何年も続けているうちに、気づけば影もいなくなった。
父には事前に邸内への影の出入りは伝えられていたんだと思う。
父は月に1度しか出向かない邸でも、俺が気づいたのに父が気づかないはずがない。
父が見過ごしていたのなら、わざとだ。
影がいなくなっても、あの王子が願っても、当初危惧していたような婚約の解消はなされず、父も何も言わない。
正直気味が悪い。
ちなみに市井育ちの義妹、シエナも当初は教育から逃げた。
こっちはこっちで逃げるのは仕方ないと理解はしていた。
平民がある程度育ってから、公女としての教育を受けるのだから。
しかし探せば簡単に見つかるし、滾々淡々と説教を何度かすると大人しく学ぶようになった。
これが普通の反応だ……多分。
それでも一時期は義妹に不公平感情が出てくる。
何故義理の娘である自分ばかりが責任に縛られ、実の娘が無責任なのか、と。
しかしシエナは学ぶうちにその重要性に気づいたのだろう。
いつしか何故義姉は学ぶ機会を手放すのか、恵まれた境遇だと思えずに逃げる義姉はむしろ可哀想だと話すようになった。
俺はシエナを向上心のある立派な淑女に成長したと感じるようになった。
対して実妹のラビアンジェは何故こんなにも不出来なのかと苛立ち、責めるようになった。
そしてシエナが時折涙を隠すような素振りを見せるようになった事に気づいた。
『お義姉様は悪くないの、お兄様。
あ、別にお義姉様に何かされたわけじゃないのよ。
ただちょっと……私が仲良くしたくてつき纏ったのが悪かったの。
それ、だけ……』
そう言って堪えていた涙が流れ始めた。
ラビアンジェが何かしたのかと咄嗟に思い、これまでに実妹へ感じていた憤りが爆発した。
俺だって次期当主としての義務を背負い、自分の時間など殆ど取れない状況で不出来な実の妹を気にかけ続けたのに、何故わかってくれないんだ!
そうして勢いのままにその日、月に1度の食事会に足を運んでいたラビアンジェへと詰め寄った。
『ラビアンジェ、お前はシエナに何をした?!』
『あらあら?
私が何かしたとシエナが言ったのかしら?』
『シエナはお前を庇って何も悪く言わなかったんだぞ!
お前の義妹はお前と違って向上心をもって教養も教育も学び、身につけた。
嫡子のお前と違い養女のシエナの方が我慢強く、前を向き努力し続けていた!
そのシエナが泣いていたんだぞ?!
明らかにお前を庇っていたのに、姉として恥ずかしくないのか?!』
『まあまあ?
特に恥ずかしい事はなくてよ?』
『ラビアンジェ!』
この日以降、俺は実妹のラビアンジェの気持ちを意図的に考えないようにしてきた。
そしてこの日、これまでの妹の厚顔無恥な態度に罰を与えたくなった。
今のうちにお前も公女らしく変わるんだ』
『まあまあ?』
母が引きこもっている間に、この逃げる以外にやる気のない妹をどうにかしたかった。
王子の婚約者になっているなら監視と護衛の為に影がつくのは知っている。
守られている間に自分でも身を守れるようになって欲しいと願っていた。
しかしそれでも妹は変わらない。
初志貫徹とばかりに逃げ続ける。
何なら城へも足を運ばない。
どうやらあの日婚約者となったばかりの王子を放ったらかして帰ったのは、王子にも問題があったらしい。
だがそれを言い訳にして良いはずもない。
このままいけば、最悪は婚約解消になるだろうと思った。
それではまた妹の身が危なくなる。
いつも必死に探した。
なのに1度隠れれば、どれだけ探しても妹は気配の片鱗も掴ませない。
時々タイミングを見計らって隠れる前に捕まえても、講師の言葉は右から左に受け流してしまう。
頼んだ講師からの申し訳無さそうな断りの言葉も、続けば慣れてしまった。
仕方ない。
講師がここに訪れても妹は逃げるだけで学ばないのだから。
逃げとスルーのポテンシャルは異様に高く、俺という危険への察知能力は群を抜いている。
どう考えても無能ではない。
逃げの特化型だ。
何の猛者だ。
そんな事を何年も続けているうちに、気づけば影もいなくなった。
父には事前に邸内への影の出入りは伝えられていたんだと思う。
父は月に1度しか出向かない邸でも、俺が気づいたのに父が気づかないはずがない。
父が見過ごしていたのなら、わざとだ。
影がいなくなっても、あの王子が願っても、当初危惧していたような婚約の解消はなされず、父も何も言わない。
正直気味が悪い。
ちなみに市井育ちの義妹、シエナも当初は教育から逃げた。
こっちはこっちで逃げるのは仕方ないと理解はしていた。
平民がある程度育ってから、公女としての教育を受けるのだから。
しかし探せば簡単に見つかるし、滾々淡々と説教を何度かすると大人しく学ぶようになった。
これが普通の反応だ……多分。
それでも一時期は義妹に不公平感情が出てくる。
何故義理の娘である自分ばかりが責任に縛られ、実の娘が無責任なのか、と。
しかしシエナは学ぶうちにその重要性に気づいたのだろう。
いつしか何故義姉は学ぶ機会を手放すのか、恵まれた境遇だと思えずに逃げる義姉はむしろ可哀想だと話すようになった。
俺はシエナを向上心のある立派な淑女に成長したと感じるようになった。
対して実妹のラビアンジェは何故こんなにも不出来なのかと苛立ち、責めるようになった。
そしてシエナが時折涙を隠すような素振りを見せるようになった事に気づいた。
『お義姉様は悪くないの、お兄様。
あ、別にお義姉様に何かされたわけじゃないのよ。
ただちょっと……私が仲良くしたくてつき纏ったのが悪かったの。
それ、だけ……』
そう言って堪えていた涙が流れ始めた。
ラビアンジェが何かしたのかと咄嗟に思い、これまでに実妹へ感じていた憤りが爆発した。
俺だって次期当主としての義務を背負い、自分の時間など殆ど取れない状況で不出来な実の妹を気にかけ続けたのに、何故わかってくれないんだ!
そうして勢いのままにその日、月に1度の食事会に足を運んでいたラビアンジェへと詰め寄った。
『ラビアンジェ、お前はシエナに何をした?!』
『あらあら?
私が何かしたとシエナが言ったのかしら?』
『シエナはお前を庇って何も悪く言わなかったんだぞ!
お前の義妹はお前と違って向上心をもって教養も教育も学び、身につけた。
嫡子のお前と違い養女のシエナの方が我慢強く、前を向き努力し続けていた!
そのシエナが泣いていたんだぞ?!
明らかにお前を庇っていたのに、姉として恥ずかしくないのか?!』
『まあまあ?
特に恥ずかしい事はなくてよ?』
『ラビアンジェ!』
この日以降、俺は実妹のラビアンジェの気持ちを意図的に考えないようにしてきた。
そしてこの日、これまでの妹の厚顔無恥な態度に罰を与えたくなった。