「本当の事だったとしても、お義姉様だって努力しているはずですもの。
お可哀想です」
あらあら?
擁護されていなかったわね。
むしろけなされているわ。
血縁上はお父様の兄の娘で従姉妹関係なのだけれど、伯父様が平民の女性と駆け落ちして11才まで市井で育ったの。
伯父様夫婦と共に落石事故に遭って、夫婦は他界。
遺体となった伯父様から出てきたロブール家の紋章入りカフスと、既に魔法の適性があった事が縁でお父様が引き取って養女になったわ。
我が家に初登場した時は腕に包帯を巻いていたのだけれど、実はほぼ治ってたのよね。
痛がっていたから鑑定したのだけれど、腕の魔力は循環していたもの。
怪我や病気になると魔力の循環が乱れるから、鑑定すればすぐにわかるのよ。
触れずに見るだけでわかる人は少ないのだけれど、そういえばお父様もそれくらいできそうね。
お兄様も今なら出来るでしょうけれど、当時は無理だったはずよ。
初めましての挨拶がてら怪しまれない程度にこっそり治癒魔法を使おうかと思ったけれど、もちろん止めたわ。
突然の貴族ライフですもの。
両親を亡くして怪我も癒えていない可哀想な娘をアピールしたかったのよね、と微笑みを向けただけよ。
何故だか怖いって泣かれたのだけれど、不思議よね。
昔から微笑みだけは公女らしいって評判なのに。
「あら?
もしかして庇ってくれているのかしら?
ありがとう。
でも口元を3度右へ傾けないと見えてしまうわよ?」
「お義姉様?!」
抗議の声を出して立ち上がると同時にガタンと椅子が倒れてしまう。
まあまあ、マナー違反よ?
わかっていただけるかしら?
従妹で義妹なシエナの性格はなかなか捻れているの。
主に私に対して。
「ひどい……」
涙がいつも通り出し入れ自在って、ある種の才能だと思うわ。
でも毎回私へ視線を向けては口元がニヤついているのよね。
私にしか見えにくい絶妙な角度なのはともかく、今日は惜しかったわ。
慢心は駄目。
精進なさいね。
激励の意味も込めて微笑んでみたのだけれど、伝わらなかったみたい。
私にだけ見える角度から悪鬼のように睨みつけてきたわ。
さすがに可愛らしいお顔が残念だから、戻しなさいね。
「はぁ、部屋から出て行け」
「そうよ!」
「そんな!
(ニヤリ)」
お父様の言葉に女性2人はそれぞれ同調する。
お兄様は私を軽く睨むだけで無言だけれど、彼女達に同調まではしていないのかしら?
あとシエナ、またニヤニヤしてるけれど今度は3度左に行き過ぎよ。
首の曲がりが不自然になったわ。
でもこんな時は素直に私の忠告に従うなんて可愛い従妹で義妹だこと。
「お食事が終わっておりませんのに?」
そうなのよね。
食べ始めて比較的すぐに起こったお母様発の断罪劇だから、皆まだそんなに食べていないのよ。
今日は仲良し料理長さんの作った至極の料理達なのに、もったいないわ。
そもそも私の学園の成績なんて気にしなくて良いと思うの。
進級落第点ぎりぎりセーフを毎回死守しているのだから、問題ないのに。
それに今はまだ席を立ちたくないでしょ?
シエナも倒れた椅子をメイドが起こしてくれて、座り直したばかりじゃない。
「食事中に騒ぐからだ」
「その通りよ、ラビアンジェ!
何も貢献しないお前には食事する権利はないのよ!」
「そもそもあらゆる意味において不出来で公女として自覚の乏しいお前がいては食欲が無くなるが、騒がしいのは私も否定しない。
父上、申し訳ありません」
「お義姉様お可哀想!
せめて食べかけのパンくらいはお持ちになって!」
お父様の言葉に賛同して追い出そうとする2人と謝罪する1人。
あと、シエナったら絶対私だけ姉じゃなくて義姉って念じながら発言してるわね。
「あらあら?」
まあいいわ。
ただ対面の2人は言葉の意味をはき違えていないかしら?
「お前達だ」
「「え?」」
2人共お父様の言葉をすぐには理解できなかったみたいね。
「出て行くのはお前達2人だ」
「「そんな?!」」
今度は理解できたのか、抗議の声を上げる彼らを横目にお父様がパチリと指を鳴らす。
次の瞬間には彼らの姿は忽然と消えてしまったわ。
シン、と部屋は静まり返る。
さすがね。
あの扉の外から2つの気配を感じるから、すぐそこにいるのは間違いないけれど音は聞こえない。
防音の魔法でも使っているのね。
「食事を続けたいなら好きにしろ」
「「はい」」
ため息を1つ吐いて食事を再開したお父様に倣って私達兄妹も食べ始めたわ。
やっと落ち着いて食事できるのね。
今日は仲良し料理長のフルコースをゆっくりと最後まで美味しくいただけるのね。
嬉しいわ。
全員が黙々と食べ進めるから、ほんの少しばかりカチャカチャとナイフとフォークの音がしてしまうけれど、この程度は仕方ないのよ。
それにしても学習しないのだから、困ったちゃん達ね。
先月同じ事が起きた時にお父様は言ったはずよ?
『子供達も全員が入学して成人の年を迎えたのだから、いい加減食事は静かにさせろ。
次は誰であっても追い出す』
あの時出て行ったのはお父様。
意外にもそこを線引きしていたのには驚いたわ。
確かに月に1度の夕食で全員が黙々と食べた事は1度もないのだけれど。
あの時私は丸パンにハンバーグとお野菜をささっと挟んでお皿を持って後に続いたの。
お母様と従妹はそれを侮蔑の眼差しで見ていたけれど、お兄様は少しハッとしたお顔をしていたわね。
後日仲良し料理長がお兄様の夜食にハンバーガーを作ったのを聞いて、何だか勝利した気分になったのよ。
何に勝ったのかはわからないけれど、何となくね。
気分は前世の世界のサンドイッチ伯爵よ。
貴族の世界ではマナー違反でしょうけど、美味しいしお手軽に食べられるものね、ハンバーガー。
私手作りの酵母を使ったバンズはとっても美味しくてお肉とも相性抜群だったわ。
その夜は離れの私の部屋にも仲良し料理長さんから差し入れされたから実食済みよ。
中はしっかり火の通った、表面こんがり、焼き加減ばっちり、自室で再調理不要の臭みのない家畜牛肉100%使用のハンバーガーをね。
あの時の野生猪肉100%使用、ほぼ生肉ハンバーグはやっぱり臭みを感じたの。
だから私のお手製ハーブソルトを混ぜて焼き直したわ。
ほぼ生だったから、混ぜ易かったのは秘密よ。
せっかくの悪意に感謝したなんて知ったら可哀想じゃない?
なんて先月の食事を回想していたら、デザートまでたいらげてしまっていたのにびっくりね。
今日のデザートはプリン。
濃厚で滑らかな優しい味わいの、プリン。
お土産にお部屋に持って帰りたいと思いつつ美味しくいただいて、本日の夕食会は終了よ。
戻ってから、もしかして今世初の静かで有意義な食事会だったかしらと愕然とした頃だったかしら。
「お義姉様酷いわ!」
あらあら、ドアをバン、と開けての随分とけたたましい登場ね。
私の私室が離れという名のログハウスで良かったわ。
人間は私1人しか使っていないから、そんな音をさせても誰も気にしないのもの。
あの猪肉を焼いた後の臭い的な意味でも誰にも迷惑かけない素敵なログハウスなのだから、もっと丁寧に扱って欲しいわ。
建物は古くて修繕頻度も限りなく少ないのだもの。
それに壊れるとさすがに同居中のあの子や愉快な仲間達が怒りそう。
「あらあら、どうしたの?」
入口近くの小さなテーブルセットの椅子に腰かけながら微笑んで理由を聞いてみる。
「誤魔化さないで!
お義姉様がお父様とのお食事を邪魔したんじゃない!」
空いている椅子には座らないみたいね。
第三者がいる時とは全く真逆、切羽詰まった悪役令嬢のような高音金切り声ね。
立っているからお腹から力の入った声量も十分よ。
あら?
もしかしてお母様の実の娘はシエナだったのかしら?
食堂でのお母様とよく似ているわ。
「ふふふ」
「何よ、気持ち悪い」
微笑ましくなって笑いを漏らせば、薄気味悪そうに後ろへ一歩下がられてしまったわね。
警戒なんてしなくても、何もしないのに。
「共通点があって楽しくなってしまったの。
それで、お父様がどうかなさったの?」
仕方ないからこの子のお話を戻してあげましょう。
「そうよ!
お義姉様のせいでお父様に追い出されてお母様もカンカンなんだから!」
「そうなの?
そんな事あったかしら?」
あなた達が騒がしくて追い出されたのは思い出せるけれど、私のせいで追い出された事なんてあったの?
コテリと首を傾げてみせる。
「とぼけないで!
明日学園でシュア様に言いつけてやるから!」
「あら、そうなの。
それじゃあ明日ジョシュア様が教えて下さるのね」
にこにこと微笑む。
それにしても薄暗い室内でもわかるくらいにお顔が赤くなってきたけれど、この子大丈夫かしら?
「何よ!
お義姉様なんて婚約者なのに愛称すら呼ばせていただけないくせに!
教養も大してない淑女とほど遠い無才無能が、いつまでも王子様の婚約者にしがみつかないで!
今のお義姉様はまるであの稀代の悪女と同じね!
無才無能で魔法もまともに使えない!
婚約者の真の愛を邪魔するベルジャンヌ!
本当にみっともない!」
まあ。
お顔がどんどん赤くなると思っていたら、あちらの世界の笛吹きヤカンのようにピーッて鳴る勢いで捲し立てたわ。
よくそんなに早口で舌を噛まないわね。
お義姉様ビックリよ。
踵を反してバタン!と再びけたたましくドアを閉めてドカドカ足音を立てて出て行ってしまったわ。
あらあら、壊れたみたいね、鍵。
「淑女とはこれいかに?」
つい呆然としてしまったわ。
私が思う淑女とシエナの言う淑女はきっと違うものなのね。
「婚約者、ねえ」
思わず前々世と今世の新旧婚約者に想いを馳せてくすくす笑ってしまうわ。
今世の私、ラビアンジェ=ロブール公爵令嬢はこのロベニア国の四大公爵家、略して四公の第2子であり長女よ。
先程名前の上がったお兄様と同い年のジョシュア=ロベニア第2王子の婚約者なの。
ちなみに王族のみセカンドネームが与えられているのだけれど、昔これを呪いに使った愚か者がいたために公開されない習慣ができたわ。
そして前々世の私の名前がベルジャンヌ=イェビナ=ロベニア。
お気づきかしら?
今の国王の叔母にあたる第一王女。
それがベルジャンヌ=イェビナ=ロベニアであった頃の私。
兄妹は今は亡き異母兄が1人。
彼は王女の没後に形ばかりの国王となったわ。
今の国王の父でもある先代国王よ。
何故形ばかりの国王なのか。
それは今なお稀代の悪女と蔑まれるベルジャンヌが関係しているの。
あの時も今と同じく無才無能とか、王族のくせに魔法もまともに使えない、性格も捻じ曲がっている、なんて言われていたわね。
そんな悪評高い王女の婚約者がソビエッシュ=ロブール。
お気づきかしら?
ロブールなの。
先代ロブール公爵家当主であり今世の私、ラビアンジェ=ロブールのお祖父様よ。
そして彼の心を射止めたのが当時は没落しかけだった伯爵家の令嬢のお祖母様、シャローナ。
王女は嫉妬に狂い、国すら呪ったらしいわ。
恋敵のシャローナを生贄にして悪魔を呼び出し、自ら契約しようとしたんですって。
無才無能で魔法をまともに使えない性格の悪い王女は、悪魔使いとなって国を滅ぼそうとした。
なんて恐ろしい子。
まさに稀代の悪女。
けれど当時の王太子、つまり異母兄がそれを止めに入ったんですって。
悪魔と対峙するほどに強い正義の心で立ち向かい、世紀の大魔法を駆使して悪魔にとり憑かれた王女ごと討ち滅ぼしたらしいわ。
己の心と強大な魔力を引き換えに。
ここまでは正義のヒーローが稀代の悪女を倒す、今なお演劇にも、吟遊詩人達にも好んで使われるお話よ。
そしてここからは決して演劇には使われないお話。
けれど周知の事実としてこの国の誰もが知るお話ね。
稀代の悪女ごと悪魔を倒した正義のヒーローは、けれどその後弱く卑屈な心根となり、生活魔法しか使えなくなったの。
王女と王太子の父であった当時の王はすぐに責任を取る為という名目で王位を譲り、形だけの蟄居を取ったわ。
後継者が1人だけとなった為に、また己を犠牲にして国を救ったとする王太子の名声の為に、使えなくなった王太子でも王に据えるしかなかったのね。
彼を名ばかりの王に据え、四公のうち二公、ベリード家、ニルティ家から妃を娶らせて早々に世継ぎを数名作らせた。
ロブール家は身分違いではあったけれど、公子ソビエッシュと生け贄にされかけた悲劇の伯爵令嬢シャローナとの仲を認めて婚姻させ、当時の当主は代を早々に譲ったわ。
真実の愛を実らせた若い公爵夫妻は王太子に恩を返す為、嫁いだ王妃含めた二公と共に王家を支えて次代の国王へと繋げた。
ヒーローに敬意を払って平民も貴族も等しく堕ちた後のヒーローの話は、ただ黙して受け入れて支えるようになったの。
稀代の悪女を常に貶す事でね。
立場が下になるほどその傾向は顕著なようよ。
「美談よねえ」
くすくすと声を出して笑ってしまうわ。
「そうそう、アッシェ家」
忘れていたわ。
四公の内、残るアッシェ家はどうなのか。
当時の王妃の生家である為に、その血筋と王家がそれ以上の縁を持つ事はなかったの。
当時の王妃は血が繋がらない亡き平民の側室が産んだ娘であったとはいえ、王女を育んだ者としての責任の重さを痛感したのですって。
そしてただ1人の世継ぎだった王太子の惨状。
その心痛が重なって早々に蟄居したらしいわ。
自らを咎人として城の奥にあった王女とその母が過ごしていた離宮で晩年を過ごし、その時の代のアッシェ家当主も早々に次へ代を譲ったわ。
そうして四公の次世代、つまり今世の私の祖父母世代ね。
彼らは現在の王、つまり私の両親世代が育って当主を代替わりするまで、それはそれは親身に王家に尽くしたようよ。
現王は学園の最終学年中の19才という若さで即位し、父王と先々代の祖父王は名実共に蟄居。
その数年後、執政が彼の代で上手く機能するのを見届けたかのようにそれぞれ没した。
何て素晴らしいお話かしらね。
「ふふふ、事実は小説より奇なりね」
真実は違うわ。
私こそがその証人。
でも良いの。
今なお悪の権化のように語り継がれる前々世ベルジャンヌだった私は、前世で心から癒やされたもの。
そう、私には王女と公女の間にもう1つ生きた人生があるの。
色々ハードモードな一生で刺激が過ぎた前々世の人生の最期に願ったのは、穏やかな来世。
死ぬ直前に契約していた聖獣に魂を抜き取らせ、運に任せて輪廻の輪に滑りこんで自分を転生させたわ。
次の生が産まれたのは異世界。
全くの予想外。
地球と呼ばれる星の日本という国。
前世王女だった事を思い出したのは普通に物心つく頃だったけれど、魔法の無い世界なのに科学や技術が進んでて、不便どころか便利過ぎて愕然としたのが懐かしいわ。
両親からは普通に一般的愛情を注がれてぬくぬく育ったの。
そのままJS、JC、JK、JDと学生生活をエンジョイ。
もちろん女子小・中・高・大学生の略よ。
久々に使いたくなっちゃった。
JD卒業後は普通に就職して独身貴族を謳歌した後、マッチングアプリで性格の合いそうな男性を適当に見つけて結婚。
32才くらいだったかしらね。
前世では政略結婚なんて当たり前の世界で過ごしていたからか、惚れた腫れたは特に感じる事もなく、あくまで性格の相性を重視したセルフ政略結婚だったと思うの。
少し味気ないのかしら?
でもお陰で大きな波風もない新婚生活を経て、37才までに女児1人と双子の男児を出産したんだから悪くない選択よ。
まあその後なんやかんやありつつも、振り返れば思いのほか穏やかな生活を過ごし、夫と数年の差で最期は孫や曾孫にも囲まれて一生を終えたわ。
享年86才。
当時の平均寿命くらいよね。
今思えば来世、つまり今世へのインターバル期間だったのかと思うほどにただ愛を受け、怯える事なく心からの愛を誰かに与える事のできる穏やかな一生。
何だかんだで色々と傷つきまくってギッスギスのトゲトゲ王女として短い一生を終えた魂は、すっかり癒やされてしまったわ。
「けれど元お婆さんは思うのよ?
何も再び前世、あら、違うわ。
前々世の王女だった自分を稀代の悪女呼ばわりするこの世界に戻って自分の元婚約者の孫やら、あれこれを押しつけた人達の身近な場所に転生しなくても良かったんじゃないのかしらって。
あら、うっかり独り言」
年を取るってやあね。
ついお口が緩んでしまったわ。
まあ今世はまだ16才なのだけれど。
しかも今世は公女となった挙げ句に最期はそれまでの腹いせ含めてボロクソ、ごほん、完膚無きまでに叩きのめした前々世の異母兄の孫(第2王子)の婚約者だなんて。
それに王子は魔法を使えない、頭の悪い、無才無能で嫌な事からは逃走するのを良しとして義妹を虐めているらしい婚約者を心から毛嫌いしているわ。
あらあら?
義妹を虐める云々はさておき、それ以外は当然といえば当然ね?
それに彼は腐っても出自は責任ある王子だったわ?
2番目だけど。
従妹で義妹も本来は庶子なのだけれど、伯父様があの元婚約者の息子だったからかしら。
外見と学力はなかなか、魔力と魔法はそこそこ、中身はダメ子、合わせて割ればレベルは四公とはいかないまでも高位貴族並み程度の実力を持つロブール公爵家の養女シエナ。
彼女と私との婚約者差し替えを申し出ているのも、まあ頷けるわ。
「むしろ早く差し替えを承認しろよ、このグズ、とすら前々世の血縁者に言ってしまいたいわね」
まあまあ?
ついうっかり、またまた独り言ね。
それにお口が悪いわ。
ごめんなさいね。
前世は子育ても終えちゃった孫や曾孫持ちの庶民なの。
時折のお耳汚しはどうぞご容赦下さいな。
それはそうと、勢力的にも過去の背景からもロブール家の血を王家に招きたい気持ちはわかるのよ。
そういう意味でも私と差し替えるならシエナが適していると思うわ。
なのに何がどうなったのか、特に学園を中心とした多くの人達は私が婚約者の立場にしがみついていると勘違いしているようなの。
私は婚約に関する事で何かを望んだり、邪魔した事はこれまでの人生においてないのよ。
ただの1度もね。
婚約前も、その後も。
王女だった前々世も、公女の今世も。
ただねえ。
まだ婚約を解消もしていないのに、王子は婚約者である私の義妹を侍らす節操なしだし、浮気相手と一緒になって周りを煽るように正式な婚約者に悪意を隠しもせずにぶつけるのは、いかがなものかしら?
特にこの世界の貴族はあっちの世界の日本とは比べられないくらいに貞操観念がカッチリしてるもの。
現実でどこまで手を出しているか、ではなく、既にお手つきになっているんじゃないかって思わせる事が問題なのよ。
まあ三十六計逃げるに如かずがバイブルな私も悪いわね。
けれど現実問題として実は魔力も十分、魔法も好きに使えちゃって大魔法師と呼ばれている父親よりも多分強いのよ、ラビアンジェ=ロブールは。
何より前々世では王女教育も早々に終えていたわけだし、異世界の知識も併せ持ってしまった私が無才無能なはずがないじゃない?
あ、優秀とまでは自分で言わないわ。
元日本人だし、そこは謙虚に慎ましく、それなりに経験があるとでも言おうかしらね。
王女経験、社会人経験、出産育児経験、老後経験……ふふふ、多彩でしょ。
それに今世の私も実は聖獣ちゃんとも愉快な仲間達とも仲良くしてるのよ。
だからね。
バレたらまた使い倒される人生が決定しそうじゃない?
そんな人生は前々世王女だった1度で十分。
まあ、だから、そうね。
私の前世が享年86才のお婆さんで本当に良かったわ。
王女の時と同じく悪意まみれの周辺環境のはずなのに、あの時のように心が傷だらけになったり、人に対して恐怖を感じて萎縮する事がないの。
だって合う人もいれば、合わない人もいるってもう知っているもの。
合わない人にこちらが無理に合わせる必要はないし、無理に合わせても疎遠になる時間が先送りされているだけで時間の無駄だと普通に思えるの。
それが家族であっても他人であっても同じだわ。
特に他人の悪意なんて小鳥のさえずりね。
前々世にも前世にも合う人はいたのだから、今世でもそのうち合う人がでてくるって確信しているわ。
それに生きていれば皆環境が変わっていくでしょ。
時間を置いたら合うようになった、なんて事もあるもの。
もちろんその逆もね。
ほら、仲の良いママ友だったはずなのに、子供が巣立って改めて見回したら、あら不思議。
お互い連絡先も知らないくらい疎遠になってた、なんてよくある話じゃない?
慌てて無理して取り繕う人間関係なんて、今世の私の人生では無駄でしかないわ。
だってあの穏やかな人生を終えた前世が忘れられないもの。
思い返すだけで、涙が出る程に幸せで。
だからごめんなさいね。
今世の私は今度こそ、自分の為だけに前々世と同じく無才無能として生きるわ。
「明日の学園が楽しみね」
そうして眠りにつく。
きっと明日はあの孫、じゃない、あら?
王女だった自分からすると、かの浮気王子は何と言うのかしら?
まあ孫でいいか。
孫が噛みついてくるはずよ。
うふふ、孫だと思うとちょっと可愛らしいわね。
前世でも甘やかしちゃったのよ。
お陰か最期は看取りに来てくれたの。
ああ、あの子達元気にやってるのかしら?
どうか穏やかで実りある人生を生きて欲しいわ……。
……なんて思ってる間に朝が来たわね。
今日も1人で支度をして、徒歩で登校よ。
30分程で着くの。
ちなみに健脚だと自負しているわ。
お兄様や従妹で義妹は四公の公子公女らしく馬車通学よ。
将来足腰の弱った老後を送らないか元お婆ちゃんはちょっぴり心配ね。
そのまま歩いて正門から入って、ほとんどのクラスメイトが揃った教室に向かう。
いつも通りの朝のルーティンワークよ。
「ラビアンジェ=ロブール!!」
「ふふふ、ほらね」
清々しい朝の教室では怒鳴らなくてもちゃんと声は通るのよ?
「何がほら、だ!」
まあまあ、失言だったかしら。
それにしても朝から怒鳴りっぱなしで疲れない?
いえ、これは若さね。
朝から孫のテンションが高いわ。
祖母ちゃんはついていけないのだけれど?
目の前には銀髪碧眼のあちらの世界によくいる乙女ゲームの攻略キャラ並みに王子然とした、あ、王子だったわね。
麗しき王子様が……あらあら?
「お顔が残念でしてよ?」
「ラビアンジェ=ロブール!!
無才無能なお前が王族である私に暴言か!!」
ふふふ、うっかり火に油を注いだみたいね?
聴力は一般的16才並みのはずだから、更に声を張り上げなくても聞こえるのよ?
むしろ耳が痛いくらい。
でも私の微笑みはデフォルトだから崩れないわ。
「いいえ?
ただ、お供の怖いお顔で睨む騎士科の男性と、婚約者以外の女性を連れて教室中に響く怒声を早朝から撒き散らすのは、それこそ王族としていかがなものか、とは思っておりますの。
ほら、周りのか弱い女性達へのイメージも大切でしょ?」
その言葉にうっ、と詰まるお怒り孫と背後のお供君。
「お義姉様!
王子様のお顔に失礼でしてよ!」
うふふ、お供君の後ろからひょっこり出現ね。
うちの従妹で義妹は今日も甲高い声で元気だこと。
大柄なお供君の陰になってて、いたのを一瞬忘れていたわ。
「そうよねえ、シエナ。
王子殿下のご尊顔に失礼よね?」
「は?!
何を言って……」
「だって、微笑めば美しいはずのご尊顔をそのように歪めては残念と思うのは、一女性として当然ですもの。
同じ意見で嬉しいわ、シエナ」
うふふ、と微笑みかける。
「王子殿下ご自身であっても、麗しいご尊顔を崩すなんて世の中の損失ですものね。
それよりもこんなにも殿下のご尊顔を敬愛する私の言葉の何が暴言なのかしら?
優しい淑女でもある従妹で義妹のシエナなら、教えてくれるわよね?」
更に優しく微笑んで義妹の緊張感を解きほぐすよう努めてみるわ。
どうしてだか顔を強張らせるのだもの。
「そ、れは……だから、怒ったお顔も……」
「まあ、シエナ。
駄目よ?
殿下は王族でしょう?
なのにこのように未来を担う学生の、非公式とはいえ社交の場たる教室で、早朝から怒りを表情に出すはずがないじゃない。
そうでしょう?
それもここは成績だけでいえばDクラスなの。
学年違いとはいえAクラスのあなた達がそんな事を率先して伝えれば、下手をすればこの場の生徒全員を下に見ているなんて捉えられるのに、どうするの?
これはあなたの淑女性にも影響しない?」
「待て、下などとっ」
「勝手なっ」
「そんなっ」
孫もお供君も従妹で義妹も慌ててどうしたのかしら?
「そうよね。
だから女性の感性が少し残念と感じさせている。
ただそれだけの魅力的なご尊顔で合っているわよね」
曇りなき微笑みを向けるとわかってくれたのね。
「ラビアンジェ=ロブール。
後で生徒会室に来い。
あ、いや、来て欲しい」
「お聞き致しましたわ、殿下」
命令と見せかけてからの、ちゃんと言い直せたわね。
良くできました、孫ちゃん。
えらいえらい。
どこかバツの悪そうな顔になった3人は、憮然としながらもすごすごと出て行ったわ。
そうして午前の授業を受け、お昼は持参したお弁当よ。
食堂もあるのだけれど、正直貴族の豪華な学食も毎日はつらいし、何より静かに食べたいぼっち飯推奨派なのよ、私。
それで今世で入学した時に前々世も通っていた頃を思い出したの。
前々世では人気のない、誰も来ない忘れられた用具室を空間ごと切り離して出入り口に目くらましの魔法をかけて使っていたわ。
確認したら急死した後もその魔法が生きていたのよね。
だから普段はこの特等室を使っているわ。
本日のお弁当は仲良し料理長さんに鮭サンドをお願いしてあったの。
ほろほろとした鮭と、その昔伝授したマヨネーズのハーモニーは絶品間違いなし。
誰にも絡まれる事なく、ひたすらに料理に酔いしれるぼっち飯は最高ね!
「いただきます。
……うふふ、やっぱり美味しいわ。
素敵ね」
パクリと一口食べて絶賛する。
そしてまたパクリ、パクリ……。
「ご馳走さま。
今日も美味しかったわ、料理長さん。
ありがとう」
帰ってからもちゃんと伝えるけれど、感謝の言葉はその場で口に出すようにしているの。
気持ちよく生きるコツね。
軽く仮眠を取って、教室に戻って、授業を受けて、帰宅する。
部屋に戻ってお風呂に入ってから、摘んであった野草や仲良しさん達からのいただき物のハムを調理して食べる。
歯磨きしてベッドに横たわる。
今日も穏やかな1日に感謝よ。
「……あら?
何か忘れているわ?
何だったかしら……まあいいわね」
就寝前。
わずかに起こった疑問を頭から消し去って意識を手放したのだけれど、これがいけなかったのかしらね?
そうしてまたいつもの朝がきたわ。
今日のDクラスは2校時目からの遅出登校だったの。
いつもより遅い時間に登校して教室に……。
「ラビアンジェ=ロブール」
入る前に孫に腕を掴まれたわ。
「残念ね。
何だかシチュエーションにトキメキがないわ」
「何の話だ」
「いいえ?」
何だか怒りを抑えたような能面みたいなお顔ね?
掴まれた腕が痛むから、青少年特有の力まかせってやつかしら?
「昨日、後で、生徒会室に来るよう、伝えたはず、だが?」
……はて?
思わずコテリと首を傾げた。
一言ずつ区切って話すにつれて少しずつ力を入れていっているのかしら。
乱暴な孫ね。
痛みが出てきたわ。
私も少しずつ怒りが湧いてくるわね。
お年寄りには優しくなさいな。
あら、今世はまだ16才だったわ。
「王族で仮にも婚約者である私の言葉を忘れていたか?
何様だ、無能が」
「そう、ですね?
でもその日中に行くなんて言いまして?
お聞きしましたと伝えただけでしてよ?」
「何だと?!」
声を抑えつつも、表情筋は保てなくなりつつあるのね。
「そもそも後で、の後とはいつですの?
確か殿下が先月の新入生歓迎会の際に後で迎えに行くとおっしゃいましたが、どれほど待っても迎えにいらっしゃいませんでしたわよね?」
「はぁ?!
何の話をしている!」
結局声が大きくなったような?
他の生徒がチラチラ見始めたけれど、いいのかしら?
ちなみにあの日孫がエスコートしたのは、もちろん新入生の従妹で義妹のシエナよ。
大方そうなると思って会の開始と同時に帰宅していつも通りの時間に眠っていたら、夜中に帰ってきたあの子に叩き起こされた上に延々と自慢されたのよ。
美容に悪いから勘弁して欲しかったわ。
「その翌日、確か先月の入学式の後の歓迎会の翌日のちょうどこの時間ですわね。
念の為お聞きしましたでしょう?」
「おい、黙れ、無能」
あらあら、声を低くして関節を捻り始めたわ。
私の怒りも表面化しそう。
もちろん今もデフォルトの微笑みだけれども。
でもあなた達と違って事実以外は口にしないのだから安心なさいな。
「後がいつかはわからないのが当たり前だ、無能め。
そもそもそんなあやふやな約束は約束とは言わない。
気が変わっただけだ。
と、仰いましたもの。
無能とお呼びになる私も、ちゃんと学習しておりますでしょう?」
「無能が愚弄するか?!」
おかしいわね?
言われた事をそのまま、何なら殿下の口調を真似て言ったのにまだ思い出せないのかしら?
「腕を逆手方向に力を入れすぎでしてよ。
暴力と見なしてしまいまいそうですわ?」
「貴様!」
ギリリ、と更に力を込める。
全く、若いわね。
予想通り過ぎてデフォルトが崩れそう。
「何をしているのですか!!」
まあまあ、女性担任教師が割って入ってくれたわ。
声を聞きつけて男性教師も2名駆けつけて、そのまま孫を引き離してくれる。
腕は見るからに赤青く腫れ上がっていくのだけれど……。
「あ……私は……」
残念だけれど、我に返って彼が見るのは私ではないのよね。
周りを見回す孫。
これじゃあさすがの祖母ちゃんも怒っていいわよね。
「ふぅ。
さすがに痛いですわよ。
あらあら、随分と腫れてきてしまったわ?」
この言葉にギクリと顔を強ばらせるけれど、もう遅いわ。
「先生、保健室でしばらく冷やしてきてもよろしいかしら?
利き腕ですので、ペンが持てないのは困りますもの」
「待て、私が……」
孫も治癒魔法は使えるのよね?
でもさせない。
「お断りでしてよ?
稀代の悪女のように無能なら何をしても良い、治癒させれば問題ない、王族なのだからこれくらいは許される、などと思われたくもありませんもの」
「な、そんな、つもり……」
はっきりと声に出した稀代の悪女と拒絶の言葉に大きく動揺する孫。
でもね、孫と思えばこそ続けてきてあげた甘いお顔もここまで。
祖母ちゃんは怒りましてよ。
「ジョシュア=ロベニア第2王子殿下。
あなたの言動にそう思わされるのは私。
あなたの言動でそう思わせたのがあなたでしてよ。
間違えないで下さいな?
立場と力のある加害者が被害者のような顔をして済ませようとするのは、卑怯ではなくて?」
微笑みをかつて稀代の悪女だった頃のような氷の微笑に切り替え、きっぱり告げてあげるわ。
中身があなたの祖母ちゃんでもDVは許しません。
恐らく初めての婚約者の圧を乗せた氷の微笑に息を飲む孫。
反論するのも忘れているみたいね。
これでも昔は王女だったのよ?
舐めないでちょうだい。
それにしてもついでに教師まで息を飲むなんて。
ちょっと傷つくわ。
ま、それはともかく、人生経験豊富なお婆ちゃんに青臭いガキが勝てると思うなよ。
あらあら、またお口が悪くなってしまったわね。
「それでは、ご機嫌よう」
負傷した腕以外はきちんとしたカーテシーを取ってその場を後にする。
もちろん振り返った時にはいつものデフォルトの微笑みに戻しているわよ。
『あいつ、殺す?』
ん?!
うちの可愛らしい聖獣ちゃんの不穏な声が頭に直接響いたわ?!
『あらあら、キャスちゃん?
いきなり何の殺害予告?』
『だって僕の愛し子を傷つけた』
あら大変。
どこからともなく殺気を感じるわね?!
『ふふふ、駄目よ。
あんなポンコツでも一応王族だもの』
『昔もそう言ってたら、殺された』
『あの時は悪魔が絡んだだけでしょ』
『稀代の善人が悪女にされたのに』
『だからあれ以降王家にあなたの愉快な仲間達は見向きもしなくなったんだから、それで十分だわ』
『四公の奴らだって····』
『あれはある意味もらい事故みたいなものよ。
だからあれ以降彼らの血筋の誰か1人にしかあなたの愉快な仲間達は手を貸さなくなったんだから、それで十分だわ』
『むう。
善人め』
『そんな事を言うのはあなたと愉快な仲間達くらいよ』
『後で痛み取る?』
『そうね。
あの保険医が手を抜いたらお願いするわ。
どちらにしても、帰ったらキャスちゃんの白いもこもこな毛皮をもふもふしたいわ』
『……わかった』
微妙な間は何かしら?
可愛い聖獣ちゃんとの突然始まった念話を切り上げ、辿り着いた保健室のドアを無事な方の手で開ける。
「珍しいな。
四公の公女様。
どうかしたか?」
うーん、やっぱり不遜なのよね、この人。
何がってわけでもないのだけれど、おちつかないの。
お弁当を食べに行く時にたまーに廊下の曲がり角とかで出くわす黒髪の保険医さん。
前髪長いし厚めの細工物の眼鏡をかけているせいか、顔や瞳の色がいまいちはっきりしないのよ。
「腕を捻挫したようなので、診ていただける?」
腕を差し出せば、眉を顰められたわ。
「これ……捻挫ではないだろう。
何があった?」
「うーん、痴情のもつれの果ての巻き込み事故?
の、ようなものです」
デフォルトの微笑みを浮かべる。
「何だそのどうしようもなくくだらなそうな理由は。
とにかくすぐに治癒魔法を……」
「その前に、診断書を書いていただけまして?」
遮って診断書を優先してもらう。
「何の為だ?」
「今後の保険に良いと親切な方にお聞きしましたのよ」
だって相手は仮にも王家だものね。
証拠がなければ色々もみ消されるわ。
「……良いだろう。
無能と噂される割に抜け目はないんだな」
「誰かしらからの忠告に従っているだけですわ」
昔の私の経験からの処世術ですけどね。
「なるほど」
さらさらと慣れた様子で診断書を書き上げ、今度は待った無しにそのまま腕を取られた。
「お前は無能と言われて平気なのか?」
「うーん……特に困る事もありませんのよ?
無能だからと軽く扱うなら、その方とは疎遠になれば良いだけですもの」
「大抵ぼっちだよな」
「気心知らない方といるより、ぼっちの方が心穏やかで幸せでしてよ?」
「……そうか」
何だか気の毒な何かを見るようなお顔をしてないかしら?
前髪と眼鏡のせいで雰囲気くらいしかわからないけれども。
腕の血流が温かく感じ、痺れと痛みが消えていく。
良かったわ。
腕の腫れも引いてくれたみたい。
「急に動かしたり重い物を持ったりすればぶり返す。
数日は安静にしておけ」
「ふふ、ありがとうございます」
ちゃんと治してもらえた事にほっとする。
不遜だけれど無才無能だからと偏見を行動に移す人でなくてよかったわ。
いつもより自然な笑みを向けてから教室へと戻ったわ。
「そんな顔もできんのかよ」
だからその後保険医がどんな顔をしていたのか、もちろん知る由もないわ。
余談だけれどうちのキャスちゃんがこの時こっそり見てたと知ったのは、もっとずっと後よ。
心配してくれてたのね。
うちの子はとっても可愛いんだから。
そして授業も恙無く終わり、待ちに待った放課後。
「殿下、参りましたわ。
これ、診断書の控えです。
今回は生活に直接的被害が出ましたので、殿下のポケットマネーから慰謝料を下さいな」
もちろん診断書を受け取れば、その日の放課後には孫を捕獲しに行くわよね。
今なら1年生は補講授業中で生徒会役員の従妹で義妹の邪魔は絶対無いもの。
最終学年のお兄様も生徒会役員なのだけれど、今日は卒業後の就職先候補の就職説明会でいないの。
孫とお供君はもう就職先は決まっているから関係ないのでしょうね。
「はあ?!
何のカツアゲだ!
シュア、無視しろ!」
まあまあ、カツアゲだなんて。
それに随分と喧嘩腰ね。
鉄分足りてないのかしら?
執務机に座る孫の後ろから背の高いお供君はひょい、と置いた診断書を奪ったら、ビリビリと破いて紙吹雪を私に投げつける。
あらあら、惜しかったわね。
紙吹雪の大半が空気抵抗で私に当たらず、机に散らばったわ。
誰が掃除するのかしら?
孫は顰めっ面ではぁ、とため息を吐いたわ。
「構わん。
いくら欲しい」
「シュア?!」
「俺がこの無能に公衆の面前で危害を加えた。
教師達も目撃している。
ここは基本的には王家の権力的な介入を許さない学園だ。
あの王家の恥部たる稀代の悪女の一件もある。
いくら欲しい」
前々世の私、今度は恥部扱いね。
それよりも……。
ふむ、と少しだけ様子の変わったようにも感じる孫を観察する。
「そうですわね……それではこのロベニア国第2王子の正式な婚約者たるラビアンジェ=ロブールに相応しい慰謝料の額をご提示下さいな」
「貴様、調子に……」
お口が悪いお供君ね。
1度はっきりさせましょうか。
「四大公爵家であるアッシェ家第3公子。
私は誰です?」
「はぁ?!」
怪訝なお顔にガラの悪いダミ声だこと。
彼もあちらの世界の乙女ゲームの登場人物になれそうな程には美男子なのに、残念ね。
キャラでいけば……そうね……喜怒哀楽のはっきりしたワンコ系騎士見習いね。
赤髪の騎士とか、そんな感じかしら?
キラキラしてる空色の瞳がチャームポイント、的な?
「何が言いたい!」
まあまあ、つい物思いに耽ってしまったわ。
それにしても王子は珍しくだんまりね。
瞳に敵意は宿してはいるけれど……何故だか私の様子を窺っているのかしら?
こんな事は初めてね?
まあいいわ。
視線をお供君に戻す。
「おわかりになりませんの?
四大公爵家であるロブール家第1公女であり、ロブール家当主の血を確実に継いだ2人の嫡出子の内の1人であり、あなたが本来仕えている王家の王位継承権を持つ第2王子殿下がどれほど撤回、差し替えを求めていても、現状では王家が認め続ける正式な婚約者。
それが私ですの。
私の立場はあなたより下だと?
何より婚約の当事者の1人である殿下の意思を受理せず、王家が継続させている婚約者でしてよ?
殿下の意志と同じく、王家の意向も私を軽んじているとでも仰るのかしら?」
「そ、れは……」
きちんと正して宣言されれば、下だとは言えないわよね?
ふふふ、悔しそうね。
可愛いワンコ君だわ。
「私は少なくともあなたより下の立場ではないはず。
そして私は1度として、少なくとも立場が上ではないあなたを貶めた事はないわ。
違いまして?」
「っぐ……」
絶句する。
そうなるわよねえ。
どちらかというと王子の婚約者である私の方が本来は立場が上になるもの。
あなたの私への態度は本来ならそれほどに酷く、常識からも騎士の本分からも外れているのよ?
ここが学園であなた達が学生という立場だからこそ、私が何もしなければ大きな問題にならない。
ただそれだけ。
でも全ては私次第。
現状を正確に理解できたかしら?
不意にこれまで静観していた孫がお供のワンコ君を制するように腕を上げたわ。