『常々嫌がらせを受けてますけど、私の事はお気になさらないで下さいね。
私は元々市井で暮らしてたから、お義姉様と違って今の環境はとても恵まれているってわかってますから。
それにシュア様もご存知のように、無才無能だから厳しい王妃教育からも逃げるしかないんです。
成績不良者が集まるDクラスになってもシュア様の婚約者であり続けるのは、きっとお父様が実の娘可愛さに国王陛下に何かしらの進言をされているのでしょうね。
私だったら逃げずにシュア様を支えられるよう王妃教育だって頑張るのに、お義姉様はそれを当たり前に思って感謝もできないのだと思うわ。
けれどお可哀想な方なの。
だってお義姉様に残された力は公女としての権力の濫用だけですもの』

 シエナは最後にいつもあいつを憐れむ。

 嫌がらせをする傲慢なあいつをいつも健気に庇い、明るく笑うシエナを憎からず想っていた。
同じロブール公爵家の娘だからとあいつとの差し替えをいつからか願うようになった。

 だが12才の時に城で催された茶会でシエナと初めて出会ったあの時から、絶えず聞かされ続けた言葉は……嘘だった。

 裏切られた傷心に、気づいたのが今で良かったとする安堵。

 あいつに事実無根の言いがかりをいつもつけては人目もはばからず詰め寄り、とうとう今日は故意に怪我をさせた後悔。

 嘘をついたり私のように他の異性に目移りするような裏切りだけは1度もしなかった婚約者(あいつ)への、僅かばかりの罪悪感。

 人を見る目の無かった不甲斐なさと、都合の良い事実しか見てこなかった己の傲慢。

 頭の中も胸の内も嵐のようにぐちゃぐちゃに吹き荒んでいる。

「あっちに座って目を通せ」

 なんとか嵐を落ち着けようと引き出しから報告書を出し、後ろで重苦しい雰囲気を醸し出すヘインズに手渡す。

 執務机の前にあるソファに座れと顎で命じ、ヘインズがのろのろとソファに腰かけて資料に目を通し始めたのを確認して、小さく息を吐いた。

 何時間か前、あいつが保健室に1人で向かうのをただ見送った私は入学してから初めてこの学園の教師陣に諌められた。

 その時の事を思い出し、それまでの私が如何にラビアンジェ=ロブールを悪者にして貶めて蔑んできたかに何度目かの大きな後悔を覚えながら物思いに耽る。

 あいつの腕をわざと捻って悪意をもって負傷させた後、婚約者となって初めて怒りを顕にしたあいつは鮮烈だった。

 そして私は……真っ先に自分の身を心配した。

『お断りでしてよ?
稀代の悪女のように無能なら何をしても良い、治癒させれば問題ない、王族なのだからこれくらいは許される、などと思われたくもありませんもの』

 図星を突かれた。

 治してしまえばこいつなら問題ないと当然のように思っていた事を改めて自覚させられる。
王子だろうと、いや、王子だからこそそんな事は本来許されない。
冷静にならなくとも、言われなくともわかる事だ。

 普段からあいつへ投げかける言葉……暴言も、許されるものではない。

 挙げ句、これまでとは違い直接的に暴力を振るったにも関わらず……俺は、身分を笠に着てそんな卑怯な考えを……。

 自覚したものの、そんな己をすぐには受け入れられなかった。
咄嗟に否定しようとした。

『ジョシュア=ロベニア第2王子殿下。
あなたの言動にそう思わされるのは私。
あなたの言動でそう思わせたのがあなたでしてよ。
間違えないで下さいな?
立場と力のある加害者が被害者のような顔をして済ませようとするのは、卑怯ではなくて?』

 四公の当主達を彷彿とさせる程の威厳と存在感を見せつけられ、ただ絶句する。
教師達も息を飲むほどだった。

 そんな私に、もう何年ぶりかわからない見事なカーテシーをして去った。

 その後、駆けつけたあいつの担任と2年と4年の学年主任を務める男性教師から別室で注意を受ける。

『殿下、この度の件は両陛下へ報告します。
これまでのようにロブール公女への暴言を学園内での事と大目に見る事は難しくなるでしょう』
『暴言……』

 この者はあいつの担任の女性教師だ。
やはり他の者達から見ても、私が公然と言い放ち続けた言葉は暴言と思われていた事に頭が冷えていった。