(わたくし)は少なくともあなたより下の立場ではないはず。
そして私は1度として、少なくとも立場が上ではないあなたを貶めた事はないわ。
違いまして?』

 もしこれらの件が表沙汰になれば、ヘインズの卒業後の護衛騎士としての資質は無いものとし、騎士としても認められるかわからない。
認められても仲間に軽んじられる事になりかねないだろう。

 全てはあいつの考え1つでどうとでもなる。
そしてあいつは、それができる身分にある。

 こんな言葉を、明らかなこちらの不手際で言わせてはならなかったのだ。

 怒らせるべきでない者を無才無能と軽んじ、悪意をもって怪我を負わせた。

 挙げ句、私が側近だと主張する将来王家を守るべき騎士の見習いが、更なる怒りを煽った。
間違いなく社会的にも許されない。

 だからまずは認めた。

 あいつが誰かを貶め、傷つける為の反論や反撃をしたり、生家の権力を使ったという事実は1度も無かったと。

『だが第2王子である私の婚約者として相応しくないとの考えを撤回もせん。
お前が教育という義務を放棄している現状と魔法もまともに使えん無才無能である事は変わらん。
腕の件以外の謝罪をするつもりはない』

 それでもそう言ったのは、これが事実だったから。
少しでも落ち度を作りたいという打算もある。

 だが1番大きいのは、信じてきたあいつの噂が誤解などと言えないほどに事実とは違っていた事だ。
お陰で長年の鬱屈したあいつへの悪感情が行き先を失い持て余した末の、悔し紛れに口から出た言葉。

 私の個人資産からの慰謝料で内密に手を打つとしてくれた者に言うべきではない言葉だったのはどこかで理解している。

 だが止められなかった。

 最後に診断書の原本の話をされて、如何にあいつが有利な立場なのかを思い知らされ、ヘインズと青くなるとも知らずに。

 だがあいつは耳が痛いはずの私の言葉をさらりと流し、淑女らしく微笑む。

 そして私もヘインズも全く信用していないと平然と、当然のように告げられた。
無能は仮面かと挑発してみても乗ってもこないし、勝手に私達がそう思い込んだだけだと、人間性が垣間見えて良い機会だったとまで言う始末。

 私からの情のある言葉も謝罪も端から欠片も期待されていなかった。
そもそも相手にすらされていない。

 私達の関係は破綻しているのだと改めて自覚して、思わず苦笑するしかない。

 私自身が何も調べず、知ろうともせずに噂を鵜呑みにして悪感情を優先させた。
それだけに留まらず、周りに吹聴して自分を正当化していたのだから、それも当然だ。

 あいつは慰謝料さえ払われれば何の問題もないとばかりに、こちらの悶々とする感情など歯牙にもかけない。

 あいつが言うように王族入りしたいという気持ちも、多くの貴族令嬢達が抱くような私への何かしらの感情も、政略とはいえ結婚への期待も何1つとして無いからだろう。

 気になったのは公女が慰謝料という名の金に思いの外執着した事だ。
しかし、あの報告書に目を通していればなるほどと納得して言いかけた言葉を飲み込んだ。
 
 あいつの義妹であるシエナから時に涙を交え、時に怯えた表情で身を震わせながら何度も聞かされた言葉と、今更知ったあいつの現実の姿や考えは全く違っていた。

 シエナはよく言っていた。

『お義姉様のシュア様への恋慕は歪んでますの。
私は努力したからこそ身につきましたが、お義姉様はそうは思われていないみたい。
お義姉様が努力を嫌うのも、きっと私のせいです。
努力をしなくても養女の私の方が教養も学力も魔力も上だと思うと気に入らないんじゃないのかなって。
きっとお義姉様が生まれながらにロブール公爵令嬢だったせいですね。
だから余計に王子の婚約者という名声に惹かれてしがみつくんだと思います。
私のようにシュア様個人に惹かれるのではなく……。
あ、惹かれるなんて言ってごめんなさい!
シュア様が愛称で呼ばせて下さる仲だからって、私なんかが恐れ多いですよね』

 そう言って頬を赤らめるシエナを可愛いと感じたんだ。

 そして大抵こう続けて、私は更にあいつへの拒絶感を増していった。