「何よ!
お義姉様なんて婚約者なのに愛称すら呼ばせていただけないくせに!
教養も大してない淑女とほど遠い無才無能が、いつまでも王子様の婚約者にしがみつかないで!
今のお義姉様はまるであの稀代の悪女と同じね!
無才無能で魔法もまともに使えない!
婚約者の真の愛を邪魔するベルジャンヌ!
本当にみっともない!」

 まあ。
お顔がどんどん赤くなると思っていたら、あちらの世界の笛吹きヤカンのようにピーッて鳴る勢いで捲し立てたわ。

 よくそんなに早口で舌を噛まないわね。
お義姉様ビックリよ。

 踵を反してバタン!と再びけたたましくドアを閉めてドカドカ足音を立てて出て行ってしまったわ。

 あらあら、壊れたみたいね、鍵。

「淑女とはこれいかに?」

 つい呆然としてしまったわ。

 私が思う淑女とシエナの言う淑女はきっと違うものなのね。

「婚約者、ねえ」

 思わず()()()と今世の新旧婚約者に想いを馳せてくすくす笑ってしまうわ。

 今世の私、ラビアンジェ=ロブール公爵令嬢はこのロベニア国の四大公爵家、略して四公の第2子であり長女よ。

 先程名前の上がったお兄様と同い年のジョシュア=ロベニア第2王子の婚約者なの。

 ちなみに王族のみセカンドネームが与えられているのだけれど、昔これを呪いに使った愚か者がいたために公開されない習慣ができたわ。

 そして前々世の私の名前がベルジャンヌ=イェビナ=ロベニア。

 お気づきかしら?

 今の国王の叔母にあたる第一王女。
それがベルジャンヌ=イェビナ=ロベニアであった頃の私。

 兄妹は今は亡き異母兄が1人。
彼は王女の没後に形ばかりの国王となったわ。
今の国王の父でもある先代国王よ。

 何故形ばかりの国王なのか。

 それは今なお稀代の悪女と蔑まれるベルジャンヌが関係しているの。
あの時も今と同じく無才無能とか、王族のくせに魔法もまともに使えない、性格も捻じ曲がっている、なんて言われていたわね。

 そんな悪評高い王女の婚約者がソビエッシュ=ロブール。

 お気づきかしら?

 ロブールなの。
先代ロブール公爵家当主であり今世の私、ラビアンジェ=ロブールのお祖父様よ。

 そして彼の心を射止めたのが当時は没落しかけだった伯爵家の令嬢のお祖母様、シャローナ。

 王女は嫉妬に狂い、国すら呪ったらしいわ。
恋敵のシャローナを生贄にして悪魔を呼び出し、自ら契約しようとしたんですって。
無才無能で魔法をまともに使えない性格の悪い王女は、悪魔使いとなって国を滅ぼそうとした。
なんて恐ろしい子。
まさに稀代の悪女。

 けれど当時の王太子、つまり異母兄がそれを止めに入ったんですって。
悪魔と対峙するほどに強い正義の心で立ち向かい、世紀の大魔法を駆使して悪魔にとり憑かれた王女ごと討ち滅ぼしたらしいわ。
己の心と強大な魔力を引き換えに。

 ここまでは正義のヒーローが稀代の悪女を倒す、今なお演劇にも、吟遊詩人達にも好んで使われるお話よ。

 そしてここからは決して演劇には使われないお話。
けれど周知の事実としてこの国の誰もが知るお話ね。

 稀代の悪女ごと悪魔を倒した正義のヒーローは、けれどその後弱く卑屈な心根となり、生活魔法しか使えなくなったの。

 王女と王太子の父であった当時の王はすぐに責任を取る為という名目で王位を譲り、形だけの蟄居を取ったわ。

 後継者が1人だけとなった為に、また己を犠牲にして国を救ったとする王太子の名声の為に、使えなくなった王太子でも王に据えるしかなかったのね。

 彼を名ばかりの王に据え、四公のうち二公、ベリード家、ニルティ家から妃を娶らせて早々に世継ぎを数名作らせた。

 ロブール家は身分違いではあったけれど、公子ソビエッシュと生け贄にされかけた悲劇の伯爵令嬢シャローナとの仲を認めて婚姻させ、当時の当主は代を早々に譲ったわ。

 真実の愛を実らせた若い公爵夫妻は王太子に恩を返す為、嫁いだ王妃含めた二公と共に王家を支えて次代の国王へと繋げた。

 ヒーローに敬意を払って平民も貴族も等しく堕ちた後のヒーローの話は、ただ黙して受け入れて支えるようになったの。
稀代の悪女を常に(おと)す事でね。
立場が下になるほどその傾向は顕著なようよ。

「美談よねえ」

 くすくすと声を出して笑ってしまうわ。