「それでもあなたがどこかで実妹を気にかけてくれているのは感じていたわ。
今も謝るだけで許せとは言わないもの。
そんな不器用だけれど誠実であろうとするあなたは可愛らしいわ。
だから()()ここにはいるのよ?」

 そう。
まだ、ね。

「公女として、王子と婚約を結んでいる事に否やを唱えず従っているわ?
王子が身勝手で穴だらけのはき違えた正論と正義を振りかざしてきても、受け流すだけに留めてきたでしょう。
けれど何も思わないわけではなかったのよ?」
「随分と辛辣だな。
王族との婚約や婚姻は貴族令嬢ならば羨む者も多いが、少しも望んでいないのか?
お前は婚約を解消したいか?」

 ほんの少し顔を上げて私の真意を確かめるように窺う菫色の瞳。

 同じ両親を持つのに、私とお兄様はまるで似ていないのが、何となく残念ね。

 お母様と私は特に似ていないの。
私の面立ちはむしろ祖母であるあの子に、シャローナ=ロブールに似ているわ。
髪や瞳の色だけでなくね。
だからお母様は余計に私を嫌うのかしら?

 でもあの金切り声の持ち主にはもう何の感情も湧かないわ。
もちろん今の兄に感じている類いの情も一切無いの。

 きっと前世で母親として子供を育てた経験があるからよ。
彼女は母親という生き物にはなれなかったと判断したの。
母を求める子供らしい感情がこれまでに一切湧いた事がないのは、ある意味ラビアンジェとして僥倖だったとしか言えないわね。

 それに今世は胎児の頃から記憶があるのだけれど、お腹にいる時から彼女は歪んでいたし。
彼女のままならない気持ちは過去の人生経験から理解してはあげられるけれど、共感は全くしないわ。

「ラビアンジェ?」

 あら、うっかり胎児の頃を思い出していたわ。

「そうね、敬うほどの人間性をあの婚約者に見い出せるほど自虐的ではないの。
あくまでロブール公女としてなら積極的な解消は望んでいないわ。
政治背景、王家と四公、他の貴族と他国との勢力関係を軽く考えれば誰でもわかる事よ。
公女の私が望むわけにはいかないでしょう?」

 あらあら?
私の答えにどうしてそんなに驚いちゃうのかしら?
お兄様の中の私ってそんなに……ろくな事はしてなかったわね。
ふふふ。

「お前は……そうか、すまない。
これまで公女としてのお前を見誤っていたようだ。
いや、教養はもっと……いや、これは今は、まあいい。
許されるとして、個人的にはどうしたい?」

 何だか私の方がいたたまれない気持ちになるから、公女としての評価を上げるのは止めて欲しいのだけれど、教養にはこだわるのね。
私への教養の強要を諦めるつもりはないのかしら。

「今すぐあの婚約者を闇に葬って直接的な解消に持っていきたいわね」

 まあ、ついうっかりガチの方の本心を喋ってしまったわ。

「……大分過激だった」

 あんなのでも王族だもの。
過激発言ね。
ごめんなさい。

 でも咎めずに苦笑するのは色々とわかっているからでしょう?

「私の人生には邪魔でしかないし、情を傾ける程の価値もないわ」
「そうか」
「けれどあの婚約者に嫁ぐのがロブール家の実子である私でなければならない明確な理由もわからないの。
婚約者と浮気相手である義妹。
性格も含めた全てが相思相愛で、とてもお似合いよ。
当人達も望んでいるし、浮気相手にも私と同じだけのこの家の血が流れているわ。
ロブール公女なのも同じよね。
なのに無才無能で魔力も低くて魔法もまともに使えない、悪評高い私との婚約が未だに解消される気配もない。
あの婚約者をけしかけてはみたけれど、彼では真実に辿り着けないでしょうね」
「けしかけた?
ああ、だから今日生徒会で……」

 やっぱり孫が通学の件をリークしたのね。
本当に余計な事を。

 でもリークしたからこうしてお兄様と今更だけれど言葉通りの話し合いができたのだから、良しとしてあげましょうか。

 お兄様の暴力も反抗期の男子がはずみで初めてした事だし、心から反省したのだから許してあげるわ。

 もちろん2度も許しはしないけれど。