「なぜまともに教養を身につけず、無才無能と呼ばれるのを良しとし続ける?」
「無才無能だからじゃないかしら?」
「それはない。
お前は気づいていないだろうが、マナーや作法だけは完璧なんだ。
誰からも教わっていないのに。
それに俺自身がお前を無能だ無才だと言った事があったか?」

 あら?
そういえば、教養を身に着けろと言われたり、無才無能だと侮られているとは何度も言われたけれど……ない、かも?

「あら、マナー講師はついていたわ?
でもそうね、お兄様自身が私を無才無能と揶揄した事は無いと思うわ」
「お前は講師からは学んでいない。
大抵聞き流すか逃亡するかしかしていないだろう。
無才無能以前の問題だが、俺はお前に能力や才能が無いとは思っていない。
魔力は……まあ魔力測定の時にそう出たのだからそうなのだろうが」

 お茶を濁すお兄様。

 そうね。
平民なら早くて10才の学園入学の際に、貴族なら遅くても15才の学園の入学前の学力試験の際に必ず魔力測定を行うわね。

 その時の私の魔力測定の結果はお兄様の言葉が示す通り、残念極まりないものよ。
平民の生活魔法が何とか使える程度の魔力量だったわ。
公女としてはあるまじき結果だったでしょうね。

 もちろんキャスちゃんと愉快な仲間達と共謀して細工したんだから当然の結果よ。

「ふふふ、気を使っていただかなくてもよろしいのに」
「その笑みは今は必要ない」

 お兄様は片方の手を叩いた頬にやり、そちらも治癒を施す。
痛みはないけれど赤くはなってたのかしら?

 治癒し終わると、自らの頬に触れていた私の片方の手も包みこむようにして下ろさせ、両手で優しく包み直したわ。

 どうしたの?
いつもと打って変わった様子に戸惑うのだけれど?

「俺は本来のお前と話したい」

 クール美男子に跪かれて両手を握られて懇願される。
あちらの世界の乙女ゲームのスチルみたい。

 ツンデレのデレが到来したのかしら?

「まあ、それは難しいわ?」
「何故?」

 けれどお断りね。

 お顔が翳ってしまったのは心苦しいけれど、ね。

「既に私とこの家との関係は崩れているもの」
「修復は……」
「もう興味がないの。
全て今更よ。
それでも本当の逃亡はしていないでしょう?」
「公女として育ったお前が逃亡できると?」

 私の言葉に傷つきながらも食い縋るのは良いのだけれど、さすがにその問いは愚問だわ。

「公女らしい扱いを受けて育ったとこの部屋を見て本当に思っているの?
使用人も侍女もここにはいないわよ?」

 うっ、と言葉に詰まったところにたたみ掛ける。

「私が朝どう登校をして、何をして学園で過し、どう帰宅して、就寝まで何をしているのか。
()()()は想像できて?」
「……すまない」

 私の言葉に俯いてしまったわ。 
でも仕方ないでしょう?

 本来の私?
それを知ってもどうする事もされなかったら、傷つくのは私よ?
信用できないかとでも尋ねる?
信用させる努力をした事がない人がそれを言うの、としか言えないわ。

 口元まで出かかる本心を淑女の微笑みで蓋をする。

「次期当主として励むあなたが嫌な事から逃げる私を疎んじるのは当然よ。
あなたとこうやってお話しするのが義妹のできる前なら、違っていたかもしれないわ。
けれど、今更でしょう?
実妹の話よりも、義妹の話を先に聞き続けた。
その上でそれを信じた言動を取り続けて理不尽に曝されたわ。
もう何年も」

 再び俯いていくお顔が何だかお気の毒ね。

「少しだけあなたが変わったのは、あの子の入学に際して接する機会が増えて、言動と現状に違和感を覚えたからかしら?
比較的ここ最近よね。
あなたがきっかけを探していたようには、今なら思えるわ。
それでも私への態度を変える事は無かったし、気づかないようにもしていたでしょう?」
「すまない」

 お兄様は否定しない。
ただ心苦しそうに謝るだけ。

「修復は礎となる何かがあって初めて修復と呼ぶの」
「すまない」

 胸が……痛むわね。

 お兄様からは誠意を感じる分、余計に。

 握られた手に硬い剣ダコがあって、彼は彼で日々努力をしてきた事を証明しているわ。

 この手が思った以上に大きくて温かくて心地良い分、余計に。