「開いてますわよ?」

 私の返事にドアを開けたのは金髪に菫色の瞳の実兄。
今日も乙女ゲーム的クール系美男子ね。

 もちろん不機嫌そうなお相手でもお兄様なら微笑んでお迎えするわ。

「何故鍵をかけていない?」
「壊されてしまいましたもの」

 私の言葉に驚いたみたい。
不機嫌そうなお顔は相変わらずだけれど、切れ長の目が少しばかり丸くなったわ。

「は?
誰にだ。
まさか我がロブール家の敷地に強盗が押し入ったわけではあるまい」
「うふふ、まさかそんな事はありませんわ。
先日どなたかがけたたましくドアを開けて、けたたましくドアを閉めてくれたら壊れてしまいましたの」

 従妹で義妹のシエナがお父様に閉め出された後に乱入してきたあの時よ。

 でもどのみちこのログハウス的私室に貴重品は置かないし、普段は誰も近づかないから大して問題でもないのよね。

 お風呂や着替えの時にはキャスちゃんや通りすがりの愉快な仲間達が閉めていてくれているもの。

 仮に何かを持ち出されてもすぐにここへ戻る防犯魔法をかけているし、私物が壊されれば再生魔法をかけるわ。

 昔は何度もそうしていたけれど、そういえば最近はないわね。
意味がない事に気づいたのか、今更だけれど逆に元通りで誰も咎めてこないのが不気味になったのか。
どっちかしら?

「シエナだと言いたいのか?」

 そうねえ、公女の私の部屋でそんな事をする使用人はさすがにいないし、お父様やお母様はここに来た事もないわね。

 でもその名を口にした時点でわかっているのではなくて?

「ふふふ、どうかしら?
経年劣化もあるのでしょうね。
何度もけたたましく開け閉めされていますもの。
壊れるのが少しばかり早まっただけですわ。
本邸の使用人にお願いしてあるから、お母様にはそのうち伝わるのではなくて?」

 なんて、きっと伝わっていないでしょうし、伝わってもすぐに修繕なんてしないでしょうね。

「まあいい。
そもそも何故ここにいつまでも居ついている?」
「あらあら?
そうするようにと数年前のお夕食会でお父様に進言なさったのはお兄様とお母様でしてよ?」
「待て。
まさか、あの時の罰をそのまま?!」

 やあねえ。
どうしてご自分が言い出した事に今更驚くの?

「お2人が許すと仰るまでここで過ごせ、でしたわよね?
あの後シエナも元あった私の私室をお母様に許可されて物置として使っていると聞いておりますわ」
「チッ。
何故夕食会でそれを言わない?!
お前が意地を張らずに嫌だと言えば……」
「あらあら?
私のせい、と?」
「俺のせいだとでも?」

 不機嫌そうね。
お兄様を大して気にもしてもいないのに、そんな事言ったりしないわよ?
いつもの私から元々の俺呼びに変わるほどの事かしら?

 デフォルトの微笑みのまま、否定してあげるわね。

「ふふふ、いいえ?
お兄様のお話を1度でもしまして?」
「お前はまたそうやって……」

 忌々しそうに睨みつける。
あらあら、反抗期かしら?

「お兄様は悪くありませんわ。
それはホルモンバランスと本能のせいでしてよ」
「何の話だ?!
ホルモンとは何だ?!」

 そういえばホルモンという知識はこの世界には無かったわね。

 正確には、男性の二次成長時に分泌されるホルモンバランスのせいで攻撃的になってしまったり、性に目覚める時期に親しい血縁者をその対象として見ないように忌避する人間の動物的本能よ。

 どこまで正しいかは今更わからないわ。
あちらの世界のようなネット環境もないから確かめられないもの。

「ふふふ、何でもありませんわ。
お兄様が健やかに成長されてらっしゃるのを喜ばしく感じただけですわ」
「何故孫の成長を楽しむ祖母様のような生温かい目を……」

 まあ、不覚を取ったわ。
困ったわね、正体に勘づかれたかしら。
前世は孫や曾孫にも恵まれて昇天した享年86才のお婆ちゃんだもの。

「薄気味悪そうな目をされると傷ついてしまいましてよ?
それよりもご用件をお伺いしてもよろしいかしら?」
「ふん、お前が意味のわからん目をするからだ。
お前、通学はどうしている?」

 一々反抗的ね。
やはり少し遅めの反抗期に違いないわ。
大丈夫よ、それは抗いきれない本能が支配する反抗だもの。