クリスは朝からソワソワしていた。現在八時五〇分。ピンポ〜ンと呼び鈴が鳴る。

「ちょっと早いけど、お邪魔します」

 山ちゃんとカノンが大きな荷物を持ってやって来た。

「山ちゃん? 何その荷物」

「あぁ、これ? プリンターとか」

「は?」

「まぁまぁ追々わかるって。それより早速始める? カノンが色々食料とか買ってるし」

「カノンも。ありがと」

「も〜めっちゃ重いぃ。山ちゃん鬼だし〜」

 カノンはずっしりと重たそうなコンビニ袋を二つドンと置いた。

「山ちゃん殿、カノン殿、本日はよろしく頼む」

「いいの〜クリスさんの為だもの。あはっ」

 … 本当に、カノンは調子がいいな。

「じゃぁカノン、小説ある?」

「うん。へへ〜、二冊持ってきたの。布教用だから山ちゃんとゆりにあげるね」

 差し出されたのは、水色の髪のヒロインが笑顔で微笑む後ろに男子が四人のお決まりの表紙の小説だった。

「これは… 本当に第一王子。どうなっている?」

 クリスは私に差し出された小説を私から奪い取りマジマジと見ている。

「クリスさん、本人に似ているの?」

「あぁ、それにこの後ろの… 宰相と騎士団長、魔法総長の子息達だ」

 … ベタだね。

「そう… 実在するのね。カノン、昨日の乙ゲーのビジュと少し違うくない?」

「それはね、小説が出たのがゲームが出る五年も前ので。小説の方はじわじわ人気が出た感じ? で、ゲームが大ヒットだから。どっちかって言うとゲームの方が先に知った人が大半なんじゃないかな〜」

「そうなると、小説の方がクリスさんが求めてる方っぽいね」

 山ちゃんは小説をパラパラ読んでから考え出した。私はその内に、差し入れの整理とみんなにコーヒーを作る。クリスもじっとしていられないのか私を手伝ってくれる。

「ユーリ、どんな内容なのか… とても不安でしょうがない」

「大丈夫だって。乙ゲーになるくらいだし、恋愛小説でしょ? 第一王子とあの表紙の女の子と周りの男子達との恋愛模様が書かれたものじゃない?」

「そうなのか? 恋愛… アンドリュー様には婚約者がいるのがだ、その辺りはどうなのだ?」

「さぁ? 無難に略奪系じゃない?」

「サラッと言うな。無難とは、この世界はそんなことが普通に起きるのか?」

「いや、普通ではないけど。そう言う小説がいっぱいあるってことだよ。あくまで物語」

 クリスは納得いかない様子。まぁ、こっちの世界のあるあるネタを論じてもしょうがないよね。

「大丈夫だって。結構『な〜んだそんな話?』で終わるんじゃない? 山ちゃんはどう考えてるかわからないけど。結構、真剣だよね。びっくりしたよ。二人とも仕事休んでるし」

「山ちゃん殿か…」

 こたつの部屋に戻ると、山ちゃんはプリンターをセットして、カノンはゲームのスタート画面でスタンバッていた。

「じゃぁ、始めようか。まず、クリスさん、私たちがこの小説の話を口頭で説明するのでこのノートにご自身でまとめを書いてください」

「了解した」

「カノンは、そうだな〜オープニングをざっと見て一旦止めといて」

「了解〜」

「私は?」

「ゆりは一回この小説を見てみな。あるあるのようで違うから」

 ん? と思いながら山ちゃんに言われた通り小説を読んでみる。横では山ちゃんがクリスに登場人物などを話していた。

『王国歴三〇六五年、エスヤーラ王国は長きに渡る魔法戦争に勝利し、隣国との和平条約を締結した。そして、まだ幼い第一王子アンドリューと隣国の王女との婚約も締結した』

 冒頭がこんな感じ? 具体的な年号とか… クリスが言っていた王子の婚約者ってこの隣国の王女様かな? 乙ゲーの原作にしてはちょっと感じが違う?

「ねぇ、山ちゃん、これって具体的すぎない?」

「そうなんだよね… 今、クリスさんにも確認したけど、冒頭の魔法戦争は本当にあったらしい。しかもそれは十年前の話だって」

「マジ! クリス、じゃぁ、これって」

「あぁ、我が国の、私が生まれた時代のものだ」

 私は山ちゃんをばっと見る。山ちゃんは『うん』と頷き話し始めた。

「十中八九、この小説はクリスさんの世界のことが書かれている。しかも年代が一致している。クリスさんは手違いでこっちに来たけど… 現にこの小説が存在する以上、今日の夜には帰るんだしわかる範囲で教えてあげようと思ってさ」

「なるほど。でもそれってどうなの? 未来? が合ってたとして、教えて大丈夫なの?」

「あはは、タイムトラベラー的な? 未来が変わるって? それは… 問題ないでしょ。多分…」

「多分って、山ちゃん。そこはちゃんとしなきゃ、クリスの未来が変わってしまうかもだよ?」

「だって…」

 山ちゃんと私が言い合っていると、カノンが脳天気に口を挟んだ。

「ま〜ま〜、もしって事でいいじゃん。違うかもしれないしさ〜気楽に行こうよ。物語の主軸は恋愛なんだし〜」

「そうね」「そっか」

「ユーリも山ちゃん殿もカノン殿もありがとう。私も『もしも』に備えると言う感じで受け止めるよ」

「って事で再開しようか」

 気を取り直し、小説の恋愛話はそこそこに説明文を読み解いていく。ちょいちょい出てくる時系列的な国の事情は、襲撃事件や飢饉問題、貴族間の争いなどだが、ふわっとしか書かれていない。知らないよりはいいと言うことで、クリスはノートにしたためていた。

「クリスさんの国の文字ってみみずみたいね〜」

 カノンがノートを見ながら『これはなんて書いてあるの?』とか聞いている。確かに。アラビア文字っぽい。

 こうして、山ちゃんはプリンターでゲームの画面を印刷したり、カノンは小説通りにゲームを進めたりと、ある程度話をまとめた頃には夕方になっていた。

「みんな、これから先十年の出来事が把握できた。礼を言う」

「は〜疲れた」「うん」「ほとんどが王子と奇跡の少女との恋愛話だったけどね〜」

「いや、十分だ」

「でも残念だな〜。本当の世界なら答え合わせしたかったな〜。ハーレムとかマジでできるのかとかさぁ」

「カノン、ハーレムとか… そこじゃないでしょ」

「えへへ〜」

「クリス、元の世界に戻っても… クリスはそんな事しないだろうけど悪用はしないでね」

「あぁ、国や民に関わる『もしも』の時は私のできる範囲で秘密裏に動く」

「う〜ん、心配だな」

「クリスさん、マジで気をつけてね。これは予言書に近いんだし。時には目をつぶらないといけないわよ?」

「… あぁ、承知している」