「お待たせしました〜」

 一時間の行列を乗り越えてようやくお目当てのラーメンが目の前にきた。もちろんクリスはワクワクが止まらない様子で、両手がワナワナしている。

「すみません。フォークはありませんか?」

「え? フォークですか?」

 バイトの女性定員は少し困惑してから

「すみません。お子様用のフォークでしたら…」

 と差し出してきたフォークはあまりにもクリスには小さすぎた。

「ありがとうございます」

 とりあえず受け取って、カウンターで待て(・・)のまま大人しく待っているクリスには悪いけど… この小さいフォークでなんとかがんばってもらうしかないか。

「クリス? これで食べられる? こうしてみて?」

 ちょっとお行儀が悪いが、この際仕方がないよね。小さなフォークとレンゲでパスタのように丸めて食べる仕草を見せた。

「あぁ、それならいけそうだ。早く食べようか?」

 と待ちに待ったラーメンを勢いよく一口… の所でシャガリ声に止められた。

「おい、兄ちゃん。それはないぜ。せめて箸を練習してから来いや。ラーメンが泣くぜ?」

 威勢のいいラーメン屋の親父がカウンター越しに注意してくる。マズイな。

「すまぬ、店主よ。私はこれしか出来ないのだ。決して泣かせる訳では… ラーメンを冒涜などしていない。むしろ尊敬している。それよりも私は早くこの芳醇な香りを楽しみたい。今日は目をつぶってはくれないか?」

 ものすごく丁寧なクリスの口調と対応に親父もちょっとたじろいでいる。

「そんなに… ただのミーハーな外国人観光客ってわけでもないのか?」

 ん? 何気に失礼だな。こんなに人気なら色々なお客さんがいて大変なんだろうけど… ちょっと色眼鏡で見過ぎじゃない? うちのクリスはただのラーメン好きだよ?

「あぁ、私は昨晩からここのラーメンを楽しみにお腹を整えてきた」

「ぶははは。お腹を整える? そんな大したもんでもねぇよ。でもその心意気、気に入った! いいぞ、好きなように食え」

「かたじけない」

 ぷぷぷ、と他のお客さんからも失笑が聞こえる。
『外国人武士がいる』
『かたじけないだって』

 そんな声を全く気にしていないクリスは、満面の笑みで食べ始めると、三分も経たないうちに完食してしまった。

「ユーリ! この透き通ったスープは… 昨晩のスープも濃厚でよかったが、これは何とも言い難い! 実にうまい!」

「え? もう? ちょっと待って、私食べるから」

「ユーリは急がなくていいぞ。私は余韻を楽しむから。しかしこのスープ。濃厚でいて後味がさっぱりしている。そうだな… 貝か何か… 旨味を増すテイストは何なのか… 雑味がない。そしてこの麺だ。スルスルとコシもあって食べやすい。スープも絡まってとてもよくマッチングしている」

 … どこの食レポタレントだよ。饒舌すぎだし。
 せっせと食べる私を他所にクリスはジーンと一人感動に浸っていた。

「お! もう食べたのかい? もう一杯いくか?」

「いいのか!! いや、しかし止めておこう。外で待っているお客に申し訳ない」

「ほぉ〜、礼儀もちゃんとしてるのか。姉ちゃん、いい彼氏捕まえたな」

「あはは… ソウデスネ」

 クリスと店の親父の会話をBGMに私は慌てて食べる。ちょっと、何盛り上がってるの? 出汁がどうとか… クリスって本当にわかってる?

「ほうほう、なるほど。半日も鳥を煮込むのか。しかしなぜこんなにも透明なスープになるのか。店主はどこかで修行をした一流シェフなのか?」

「よせやい、一流とか、ガラでもねぇ。コツコツ、毎日きちんとやれば誰でも出来きら。仕事ってのは手を抜いちゃ〜いけねぇ、何でもな」

「何事も一流とはそう言うものだ。うんうん。店主、とてもおいしかった。ありがとう」

「そりゃーよかった。また来てくれ」

「あぁ」

 爽やかなイケメンスマイルを親父に送って、クリスと私は店を出た。

「クリス… 適応能力高すぎ! ちょっとあの親父さん最初怖くなかった?」

「そうか? いい店主ではないか。あれはシェフという名の職人だな」

「まぁ、そうだけど… で? これからどうする? どこか行きたい場所とか、リクエストとかある?」

「私はどこでもいいぞ。ユーリの行きたい場所はないのか? 私はとにかく今晩もラーメンがいい」

「どんだけ気に入ってるのよ! じゃぁ、今日は水族館にでも行こうか? クリスの世界にあるかわからないけど。この近くにあるんだ」

「水族館? 名は聞いた事はないが… よし行こう!」

 そして、私たちは水族館へ行く事になった。