【短編】1day彼氏は魔法使い

 今日は待ちに待った金曜日。私が一週間で一番好きな日だ。

 会社帰りにデパ地下で豪華お惣菜三点セットと安いワインを買う。これが私の金曜の夜のルーティーン。

「あ~、今日はローストビーフがある。しかも半額シール付き! ラッキー!」

 ふふふ、今日は美味しい夜になりそうだ! ヤッホイ!

 誰もいない家に帰り、スエット上下に着替えてTVをつける。あとは、化粧を落として、惣菜を机に並べてっと。

「あ~、ワインの栓抜きはっと」

 ガサガサとキッチンの引き出しを探るがいつもの場所にない。どこ行った?

 その時、薄暗いキッチンの床が光り始めた。

「はぁ? 何これ? え? 魔法陣?」

 やべっ。まさか!

 これが噂の異世界転移? 巷のノベルの中じゃ鉄板の? あのあるあるネタの? しがない普通のボロボロ社畜が選ばれると言う?

「おいおい勘弁して~。私は今の人生結構好きなんだけど? 人選間違ってるよ~っと」

 と、自分の足元で光っている魔法陣の内側からひょこっと飛び出た。

「ふ~危ない。危うく異世界に飛ばされる所だった。なんつって。それより栓抜きはっと。先週、使ってどこ置いたっけ?」

 魔法陣は召喚者がいないんだからそのうち消えるだろうと、私は気を取り直し栓抜きの捜索を再開した。

「うわっ!!!」

 ん? 男性の声? お隣さん? にしては声が近いな~と後ろを振り向くと、顔面偏差値京大並みの背の高い美しい男性がアホ面で突っ立っていた。

「え? 誰?」

「ここは… どこだ… 私は…」

 狼狽えている男性の服装はファンタジーなそれで、杖を持っているから多分魔法使いとか?

「あの~、私の家にどうやって… もしかしてさっきの魔法陣とか関係あります?」

「はっ。失礼した。平民か? ここはどこだ?」

「だからここは私の家」

「家だと? 小屋ではないのか? 天井が低い」

 失敬な。イケメンのくせに… って関係ないか。まっ、ご縁がなかったと言う事で警察に連れてくか。うん、そうしよう。

 私は早速コートを着て鍵と財布をポッケに入れて準備を始める。早くしないとお料理がダメになっちゃうし。

「おい! お前! 聞いてるのか? ここはどこだ?」

「はぁ~? ちょっとあなた、めっちゃ態度がデカイんですけど。それが人に物を聞く態度? ここは私の家。で、日本って国だよ。それよりあなたこそ誰よ、人ん家に勝手に入って来てその言い草」

「ニホン… 知らぬな…」

 その場で考え込むイケメン魔法使い。全く人の話を聞いてないよ。ふ~、このまま放置する? いや、早急にお引き取り願おう。

「じゃぁ、警察… 警備兵に引き渡しますので着いて来て下さい」

 このイケメン魔法使いに通じるようにそれっぽく『警備兵』とか言ってみた。ふふ。

 靴を履いて玄関のドアを開けようとした時、イケメン魔法使いがドアノブにかけた私の手を握った。

「警備兵? 少し待て。さ、先ほどは失礼した。お前の言う通り態度を改める」

 いやいや、改められてもねぇ。警察には連れてくよ?

「で? あなたこそ誰なんですか?」

「私は… 私はエスヤーラ王国宮廷魔法使いのクリストファー・ウェジットだ」

「エスヤーラ王国?」

 あれ? どうせ知らないって思ったけど、なんだか聞いた事があるような~何だったっけ?

「知っているのか? 恐らくだが、ここは我らが召喚しようとした聖女の国ではないだろうか? あの時、私が魔法陣を踏んでいたから逆に召喚されてしまったのではないか? 現に先程から私の魔法が使えない」

「魔法って。物騒な事、勝手に試さないで下さい。よく分かりませんが、この日本、この世界には魔法なんて存在しませんよ?」

「はぁ? 魔法が存在しないだと?」

 イケメン魔法使いのクリストファーさんは途端に真っ青な顔に変わってブツブツ独り言を呟き出した。

 どうするんよ? 早う警察に行こうぜ?

「あのさぁ、このままこちらの国に保護してもらったほうが良くないですか? 私、連れて行きますよ?」

「いや… それは不味い。まずは私の話を聞いてはくれないか? その上で判断して欲しい。それで、お前の名は? まだ聞いていない」

「あ~、私は西森ゆりです。家名が西森なんでゆりと呼んで下さい」

「ユーリか。やはり女だったな。そんな姿(なり)なので坊主、一瞬男かと思ったぞ。で、家の家長はどこだ?」

「家長? 私です」

「いやいや、まだ子供だろう? ここはどこかの一室だと思うが? 応接間はないのか? 客間でもいい」

 くそ~。多分だけど、小説の中のような世界の魔法使いなのかな? ついでに偉そうだし身なりも良さそうだからお金持ちだとして、この部屋はあなたの感覚では狭いんだね。ただの小部屋だと思ってるって事? しかも子供って!

「あのですね、この日本では私は成人しています。二十五歳です。それにこの部屋は私の歴とした家です。あなたには狭く感じるでしょうがね! 私が働いて私が家賃を払い、私が寝起きする正真正銘の家です。一人暮らしの婦女子の部屋でさっきから節々不快な感じがする事を言っているあなたはどんだけ偉いんですか? てか、ご理解頂けましたか?」

「二十五歳! 若く見える… それは失礼した」

「童顔な民族なんで」

「では、ユーリ殿、改めて私の話を聞いてはくれないだろうか? お願いする」

 さっきとは打って変わってキレイなお辞儀でクリストファーさんは頭を下げた。

「… 話だけですよ。それより靴を脱いで下さい。ここは土足厳禁な世界ですので」

「そうか…」

 ちょっと寂しそうに靴を脱ぎ玄関へ持っていく。時間が少し経ちクリストファーさんは実感して来たのかな?

 自分が逆異世界転移したと。
「で? どうします?」

「あぁ… 先ほども言ったが警備兵は少し待ってくれ。まずは話を」

 ここで話し込んでもしょうがないので、とりあえず玄関先の廊下からリビングに移動してもらう。てか、我が家はこたつしかないけど座れるのかな?

「座り慣れないでしょうが、うちには椅子がないので。あぁ、もしよければ食べます?」

 私はさっき用意したボッチ飯用のお惣菜とワインを指差す。

「いや、結構。それより魔法陣と先ほど言っていたが、こちら側にも魔法陣はきちんと現れたのだな?」

「はい。私には魔法の知識? はありませんがアレは多分そうだろうと… そして避けました」

「避けただと?」

「だって、召喚? されたくないので。誘拐ですよね?」

「ゆ、誘拐などと… 我々は百年に一度の国儀に乗っ取ってだな…」

「いやいや、それって召喚された側からすれば誘拐ですよ? 急に呼び出されるんですから。事前に手紙で知らせるとか準備期間とかないでしょ? 有無を言わせずじゃ… ねぇ?」

「いや、まぁ、そうなのか… まぁ、何だ。私はもうすぐここを去るので警備兵を呼ぶのは止めてもらいたい」

「へ? 帰る事ができるんだ! よかった〜。私の知ってる異世界モノじゃ帰還できないのが定石だったんで」

「異世界モノ?」

「あ〜、小説? 空想の物語に魔法使いが出てきて聖女を召喚する話があるんです。その話ではその聖女はほぼ帰れないので」

「そうか… 恐らくだが、私の部下が三日後にでも再度儀式をするだろう。召喚に必要な魔力が溜まるのがそのぐらいだからな。時間は私にもわかりやすいように同じ時刻だろうと思う」

「そう… って事は明後日までウチに居るつもりですか?」

「出来れば許可してくれるとありがたい。私はこの世界を知らないし、すぐに去る人間だ。ユーリ殿しか頼る人物がいないんだ。も、もちろん相応の礼はする」

 ハァ〜。礼って、出来ないんじゃない? だって異世界に帰るんでしょう? てか、ついてないな… 何で私なの?

「お礼はいいです。それより、他に持ち物は? 無いか…」

「あぁ。杖も役に立たないしな… あぁ! しかし、わ、私は料理はできるぞ? これでも野営時でスープを披露した際は大変喜ばれたんだ」

 クリストファーさんは急にアタフタと自分をアピールし始める。

「料理? 何で急に料理? てか、どうしよう。念のために明後日も休むか」

「何か不都合があるのか?」

「えぇ、昼間は仕事をしてるので」

「仕事か、それではしょうがないな。ここの地図と少しばかりのお金を貸してもらえればこちらでどうにかするよ。問題ない」

「いやいやいや。ここはクリストファーさんがいた世界ではないんですよ? この後街に出てみますか? 全く違う世界だと思いますよ。絶対迷子とか色々不自由しますって。常識が違うと思います! あと、その服だとここでは目立ちまくりです」

 クリストファーさんはハテナな顔で自分の服を見直している。

「まずは服ですね。たかが二、三日ですが家の中だけじゃ息が詰まるだろうし… 幸い今日は金曜日です。明日は私の仕事が休みなんで。とりあえず色々買い物しましょう。ついでにこの国についてザッと説明しますので。もしも帰れない場合も考えなくちゃ」

「そうか? それではユーリ殿、短い間だがよろしくお願いする」

「はいはい」

 私はため息まじりにさっきから放置気味のささやかなディナーに手をつける。あぁ〜、厄日だ。せっかくの金曜日が。

「てか、何で私なんですか?」

 もぐもぐ、うん、このローストビーフは当たりだね。

「ユーリ殿だからと言うわけではない。聖女の召喚は国儀、つまり国の伝統行事であって、古来よりの魔法書に記された方法で行なっている」

「ん? つまり?」

「『聖女召喚魔法』には幾つか条件があってだな、例えば『健康な未婚女子』だったり『稀有な才能の持ち主』『身寄りがない』『美樹の年、美樹の月に妖精の涙を使って魔法陣を書く』などだ」

「稀有な才能? それって私当てはまっていないような気がする」

「そうなのか? 先ほど仕事をしていると言っていたが? 婦女子が働くのだから、相応の技能があるのではないのか?」

 はぁ?

 あっ、そうか。こっちの常識とクリストファーさんの世界の常識は違うか。

「う〜ん、どう説明したらいいのか。こちらの世界は年齢や性別で色々な面で平等なんです。仕事は大体自分でしたい仕事に就ていいんですよ? あと、結婚や恋愛もほとんど個人の意思で自由恋愛だし。なので、女子だから警備兵になれないって事はないんです。現に女性警察官、女性の警備兵は沢山いますから」

「な! なんと!! ちなみにユーリ殿は何を生業にしている?」

「ぷっ、生業って。私の仕事は美容師(スタイリスト)ですよ。人の髪を切ったりアレンジしたりするんです」

「髪を切る… 上級侍女か?」

「侍女がどんなのかわからないな。『お金をもらって希望に合った髪型にする職業』です。ちゃんと国の試験も受けたんだから。こう見えて結構売れっ子なんですよ?」

「そうなのか?」

「そうなんです。それより、明日ですね… てか、その前に明後日休めるか聞いてみますね。あっ、そこの料理食べていいですよ。あとお酒もどうぞ、葡萄酒? です」

 私はスマホを持って一旦廊下へ出る。クリストファーさんはお腹が空いていたのかうんと頷きもう食べ始めていた。
 もし帰れない場合も考えると、あの人がいるなら休んだほうがいいような気がしてきた。一人にするのが心配なのもあるけど、やっぱりね。クリストファーさんからすれば、こっちが異世界なわけで、色々と不安もあるだろうし。うんそうしよう。

 🎵〜

「あ、お疲れ。今いい? 明後日なんだけど丸っと休んでもいい?」

『…(電話の向こう)』

「いやいや、去年から裏方じゃん。数少ない指名のVIPもその日は入ってないし、ね! お願い! てか、今年まだ有給残ってたんだよね〜」

『…』

「あはは、了解。あとね、夜でいいから私の休み中にカノン誘ってうちに来て。サプライズがあるんだ〜。多分、カノンはガチオタだからギャン泣きすると思う〜」

『…』

「うん、ごめんね。うんうん、じゃまた」

 そっと部屋に戻ると目に入ったのは空の惣菜のトレイ達。

「え! もう食べちゃったの? しかも全部?」

「すまぬ。前菜は頂いてしまった…」

「ぜ、前菜って、じゃない! これは私の今日の夕飯! これで全部なの! もう!!!」

 クリストファーさんは一瞬『はぁ?』って顔をしたが、すぐに申し訳なさそうにハの字眉毛の苦笑いで私を覗き見る。うっ、イケメンってズルイなぁ。

「もう、いいですよ。私も食べてって言いましたし… 私は料理をしませんのでうちには食料がないんです。これから買いに行きましょうか。ついでにクリストファーさんの服とか身の回りのものも買いましょう」

「いや、しかし… 外はとても暗いぞ? 商店は開いてないのではないか?」

「こっちは二十四時間、一日中開いている商店があるんです。それも食料品から衣料品まで何でも揃う大きな商店が。便利でしょう?」

「ほ〜、それはすごいな。そう言う事なら参ろうか」

 と、クリストファーさんが立ち上がって私は再度気づく。

 それより、やっぱり出歩くための服(・・・・・・・)がいるな… う〜ん。

 私はクローゼットを開け、奥の段ボールの封を解き中の服を差し出す。まっ、元カレのだけどいいよね。

「クリストファーさん。その格好はこの世界では目立ちます。これに着替えて下さい。多分入るでしょう、多少小さくてもクリストファーさん専用のは今から買いに行きますし少しの辛抱です。私は玄関で待ってますね。着替えたら行きましょう」

「… あぁ」

 クリストファーさんはしばらくオーバーサイズの黒のパーカーとパンツを裏表にしたりして観察していたが、上着のボタンを外し始めたので私は急いでリビングを出た。
 私たちは近所のペンギンマークのドンキなホーテへ買い物に行った。ちょっとクリストファーさんの服装は微妙だけど… まぁ今だけだしいっか。

「ユーリ殿! これは… 何て色なんだ! 絵が輝いているぞ!?」

「輝く? あぁ電飾ですよ。電気… 人工的な光を当てて遠くからでも見えるようにしているんです」

「何と! 人工的… やはり魔法ではないのか?」

「はい。科学技術です。う〜ん… 職人技的な?」

「職人か! 人の手でこのような物が…」

 店の入り口で立ち止まる、一見外国人に見えるクリストファーさんはとても目立っている。恥ずかしいからさ、ちょっと、早く買い物しようよ。

「クリストファーさん、感動しているところ悪いんですが… 人通りの邪魔ですので。お店に入りましょうか?」

「ん? あぁ」

 口を開けてまだ看板を見ているクリストファーさんの手を引いて店に入った。

「じゃぁ、まずは簡単なものから。着替えから見に行きましょうか?」

 商品が山積みになっている通路を、いちいち立ち止まるクリストファーさんを引っ張りながら歩く。『これは何だ?』『あれは何だ?』と一々立ち止まるのでなかなか進まない。

「クリストファーさん、後でたくさん見れますから。まずは目的のものを買いましょう?」

「すまん。どれも珍しくてな。それにこの音楽はどこから聞こえるのか? 楽団がいるのか? それにしても少々耳が痛くなるような曲だが」

「楽団はいませんよ。これも人工的なアレです」

 ふむふむと納得したのか、やっと私の横に来て並んで歩く。ふ〜、後ろ確認しながら歩くとか… 本当に物珍しいんだろうな。しばらく店内を練り歩いたら目的地に着いた。

「ここです。パジャマは今着てもらってるのでいいとして… シャツとパンツ、靴下、下着ってとこかな? 好きな色とかありますか?」

 と、商品を見ながら声をかけるが返答がない。

「あれ? クリストファーさん? はぁ… また?」

 辺りを見回すと、少し離れた所で夜のお姉さん達に絡まれていた。ナンパされてるじゃん。もう!

「〜しかし、婦女子がこんな格好を。膝が見えているぞ? それより今夜は夜会か何かか?」

「夜会とかウケるんだけど。どこのセレブだよ。てかお兄さん今から遊ぼうよ」

「いや、私は買い物をしに来たのだ。あなた達は家に帰ったほうがいいぞ? もう夜も遅い。従者はいないのか?」

「はぁ全然遅くないし? てかまだ十時だし、夜はこれからじゃん? ねぇ〜遊ぼうよ〜」

 お姉さん達は腕を絡ませ、何気にペタペタと腕を触りまくっている。す、すげぇ。って、入りずらいな… どうするか。

「おぉ! ユーリ殿、こちらのお嬢様達にお誘い頂いたんだが… すまない。私は連れがいるのでこれで失礼する」

 と、全く悪気なくあっさりお姉さま達を置いて、ニコニコと私の元へ帰って来た。

「何あのブス。全然釣り合ってないじゃん。行こっ」

 あまりにサラッと帰ってしまったクリスにムカついたのか、お姉様方は私を睨んでから、まぁまぁ聞こえる音量で毒づいてからどこかへ消えていった。つらい。

「クリストファーさん、あなたはとても顔面がいいので気をつけて下さいね。その辺りは私はあんまり役に立たないので。次、お姉さんに絡まれても助けられませんよ?」

「顔面? 顔か… しかし、先ほどのお嬢様達は『お酒を飲みたいな、どこか知らない?』と声をかけてきたんだ。なので『私は買い物をしにきた客だ』と答えたら、色々話し込んでしまったのだ… 始めは店員と間違えただけだと思ったのだが。いや、しかし、女性からあのように堂々と… こちらの女性は積極的と言うか何というか…」

 と、満更でもないクリストファーさん。ほっぺが少しだけ赤い。はいはい、よかったですね初ナンパ。

「文化の違いですかね。では次も自分であしらって下さいね。それより服ですよ。数日なので、私が適当に選んじゃっていいですか?」

「あぁ、お任せする」

 テンションMAXプラス初ナンパで上機嫌のクリストファーさんは、イケメン具合がさらに上がっている。ニコニコと笑顔を見せると、近くにいる女子が『うっ』『眼福』と黄色い声をダダ盛らせていた。
 しかし、ドンキなホーテでも素材がいいので、クリストファーさんは何でも似合う。ブ〜、イケメンってずるい。って事で、これとこれとこれ、はい次だ。

「次は歯ブラシとか生活雑貨を買って、食料も買って帰りましょう。クリストファーさんはお酒飲みますか?」

「いや… しかし…」

「別に遠慮しなくていいですよ。お酒ぐらい」

「嗜む程度には好きだ」

「そ、そうですか」

 やっば。『(お酒が)好き』って微笑まれるだけで心臓がバクバクする。顔がいいってすごいな。破壊力が半端ない。

「どうした? 顔が赤いぞ?」

「クリストファーさんの顔が良過ぎて… 結構、その顔のせいで誤解されがちなのかな? イケメンっていいのか悪いのか… とにかくあんまり愛想を振り撒かないように。これじゃ〜女子ホイホイじゃん」

「よくわからんが… 善処しよう」

 気を取り直して、買い物の続きを。

 歯ブラシコーナーではなぜかクリストファーさんはまた興奮して、展示されている電動歯ブラシに魅入っていた。歯を綺麗にする習慣が不思議なようだ。ついでに歯磨き粉にもはしゃいでいた。いろんな味があるからね。意味はわからないが、パッケージが面白いと言っていた。

 そんなこんなで、このお店になぜか二時間も滞在し、その間、女子について回られ、スマホで動画を撮られ、私は… 『ブス』と何度もディスられた。早よ帰りたい。ぐすん。

「いや〜男子がいると荷物運びが楽だわ〜。ありがとう、クリス」

「ほとんどが私の物なんだ。気にするなユーリ。しかし、こんな夜更けにあんなにも街が明るいとは… それに綺麗な建物がいっぱいだった。あの馬がいない馬車も… また行きたいな」

「そうだね。明日また行こっか」
 クリスとユーリ呼びになるほど、ペンギンショップはクリスを興奮させた。買い物を一つする度に『これはどう使うのか』『これは何だ』と、目を輝かせたクリスに質問攻めにあったのだ。

「遅くなってしまったな、それよりそユーリはそんな小さなもので腹が膨れるのか?」

「大丈夫。てか、クリスも食べてみる?」

「いいのか!」

 私の手にあるものを凝視しながらクリスは大興奮だ。って、だたのカップラーメンなんだけどね。

「いいよいっぱいあるし。簡易食? 携帯食とでも言うのかな? どうなんだろ」

 私はブツブツとカップラーメンの呼称を考えながらお湯を沸かす。

「お湯を注ぐとどうなるのだ?」

「まぁ、三分待ちましょう。それより箸って知らないよね?」

 私は箸を持ってパシパシとつまむ真似をする。

「初めて見る。今手に持っていると言うことはこちらのカトラリーなのか?」

「そう。これは?」

 と、フォークを見せる。

「あぁ、それはあちらにもある」

「じゃぁこれで食べてね」

 三分経ったので蓋を開けて、クリスの前に出した。ふぉわ〜んと湯気が立ち、豚骨醤油の食欲をそそる香りが広がる。

「いただきます」

「い、いただく」

 私はお腹が空きまくっていたので、クリスへの説明より先にズズズーと麺をすすりまくる。

「んっま!」

 クリスは見よう見まねで麺をすくって食べていた。一口目。

「ん!!! ん!!!」

 と、麺を頬張ったまま目を見開き私に『おいしい』と訴えている。かわいい。

「おいしいよね〜味はちょっと濃いかもだけど。熱いから気をつけて」

 二人でラーメンをどんどんすする。うま過ぎ! 深夜のラーメンって何でこんなにうまいのか。背徳感ゆえの贅沢感? いや人類の謎だな。うんうん。

「ユーリ! これはすばらしい! どんなシェフにもこの味は出せない。しかもお湯で出来るなど… この技術が欲しいな。いや、この商品が是非とも欲しい。我が国でもさぞ人気が出るだろう」

「あはは、大袈裟。てか、簡易食だし、シェフが作った方がおいしいに決まってるじゃん。そうだ! ラーメンが気に入ったのなら、こんなんじゃなくてお店のラーメン屋に行こうか? めちゃくちゃおいしいから! ミュシュラン系の行列に並んでみちゃう?」

「これも手作りではないのか? ん?」

「麺を一から作って、スープも毎日作って、出来たてを出してくれるラーメン専門のお店があるの」

「そんな店が! 是非行きたい!」

「よし、明日はラーメンを食べに行こう! 決まりね。どうせだからおいしいとこ行こうか? 餃子もある店がいいな〜最近のラーメン屋さんは餃子を置いているところが少ないからな〜」

「うんうん。何でもいい。この味が食べられるのなら」

「豚骨系? どこあるかな〜」

 と、スマホで調べようとしたら、やっぱりクリスはスマホにも食いつく。

「その札は光るのか? しかも小さい絵がたくさんある」

「これは〜」

 と、その後はスマホでラーメン屋を探しながらクリスに操作方法などを教えた。案の定、クリスは夢中になって寝るまで触っていたけど。ふふふ。

 そして、『こちらの世界では友人でも何もしないと言う信頼の下、同じ部屋で寝ても責任取るとかないですから。大丈夫』と、何度か押し問答をしたあと、私のベット横のこたつで寝るのを躊躇っていたクリスは、疲れていたのも相まってしばらくしたら眠りについたのだった。
「今日は他にどっか行く? それとも言っていたラーメン屋に直行する?」

「まずはラーメン屋へ行こうか。遠いのか?」

「電車で三十分ぐらいかな。でも、人気店だから大分待たなきゃいけないかも」

「待つ? 私は食べられればいいぞ?」

「じゃぁ、行きますか」

 クリスは昨日即席で買った服に着替えていた。靴だけは自前だ。ブーツなので何にでも合うよね。
 黒のシャツに白いワイシャツ、ゆったりめのパンツ。めっちゃシンプルなのに、このハイブランド感。上下で五千円もしてないのに… すごいを通り越してもはや乾杯だ。

「今から電車って言う乗り物に乗るよ」

 駅まで歩きながら電車について話をする。いきなり見たらうれしさでそこで時間が過ぎそうだし。

「昨晩見た馬のない乗り物のことか?」

「車じゃなくて、それよりもっと大きいかな。何百人と乗せて運ぶ乗り物だよ。金属でできてて、メッチャ速いから」

「何百! そんなに乗せて壊れないのか?」

「うん。それも科学技術だよ。魔法がない代わりに人の手と知恵で何百年と培ってきた技術の結晶だよ? 空を飛ぶ金属の乗り物もあるんだから。ほら、あれ!」

 と、ちょうど空を飛んでいる飛行機を指す。クリスは空を見上げて首を傾げている。

「鳥? にしては大きいな。アレのことか?」

「そうだよ。あれも昔の偉い人がつくった乗り物。日々進化してるんだ」

「進化? 出来上がりではないのか?」

「違う違う。あれでも十分なんだけど、もっと便利にって日々研究してるんだよ。人の欲は尽きないからね〜」

「… もっとか。しかし、その欲のおかげでこのような世界になったのだろう? この世界は欲にあふれているな。いい意味でな」

「そうだね。私は便利な社会の恩恵を受けてるけど、半自動ぐらいがちょうどいいかな」

「半自動?」

「うん。勝手にドアが開いたり、勝手に車が走ったり… メッチャ快適なんだけどね、私はある程度自分でしないと、将来目的も意識も曖昧になっちゃいそうに感じてる。ましてや今、地球上から電気がなくなったら、大パニックだよ。あはは」

「私の世界でも魔法に頼り切っている部分はある。しかし、たくましい平民を見ているといつも思う。人の手でできることを魔法が担うのは良いことだが… 貴族は魔法がないと生きてはいけないだろうと。ユーリの危惧は私も感じている」

「そっか、クリスの世界は魔法か。どっちの世界でも課題はあるよ。うん。まっ私が言ってもしょうがないんだけど。って、駅に着いたよ」

 切符売り場で料金表を見る。久しぶりだな、料金見て切符を買うの。

「ユーリ、この機械を操作するのだろう? 私がしてみたいのだがいいか?」

 目がウキウキのクリスは昨晩触りまくったスマホのおかげで電子機器が気に入ったようだ。

「いいよ。じゃぁ、このコインをここに入れて〜」

 うんうんと、子供のようにピッッピッとボタンを押している。楽しそう。こんな些細なことだけど私までうれしくなる。

「買えたぞ! この紙がチケットか!」

「そう、切符ね。じゃぁ、こっち、この機械にその切符を入れて」

「こうか?」

 すっと吸い込んだ切符に呆気を取られている。クリスは眉間に皺を寄せてフリーズした。

「機械にチケットを盗られてしまった… また買わなければ… すまんユーリ、コインをくれないか?」

「あはははは、大丈夫だって。こっち、ここに出てきてるから」

「何! どうなっている?」

「切符を確認したよってこと。だからこのゲートを通っていいの」

「これで入場確認が取れたということか? すばらしい」

 クリスは切符を握りしめまぁまぁでかい声ではしゃぐので、ちょっと恥ずかしい。『イケメン外国人が日本のメトロに興奮してる件』とかYouTubeに上げられそうだな。

「じゃ、電車が来るからね。こっち」

 昨日のドンキを彷彿させる。クリスを引っ張って歩く私。このままちゃんとラーメン屋に辿り着くのか心配だ。
「お待たせしました〜」

 一時間の行列を乗り越えてようやくお目当てのラーメンが目の前にきた。もちろんクリスはワクワクが止まらない様子で、両手がワナワナしている。

「すみません。フォークはありませんか?」

「え? フォークですか?」

 バイトの女性定員は少し困惑してから

「すみません。お子様用のフォークでしたら…」

 と差し出してきたフォークはあまりにもクリスには小さすぎた。

「ありがとうございます」

 とりあえず受け取って、カウンターで待て(・・)のまま大人しく待っているクリスには悪いけど… この小さいフォークでなんとかがんばってもらうしかないか。

「クリス? これで食べられる? こうしてみて?」

 ちょっとお行儀が悪いが、この際仕方がないよね。小さなフォークとレンゲでパスタのように丸めて食べる仕草を見せた。

「あぁ、それならいけそうだ。早く食べようか?」

 と待ちに待ったラーメンを勢いよく一口… の所でシャガリ声に止められた。

「おい、兄ちゃん。それはないぜ。せめて箸を練習してから来いや。ラーメンが泣くぜ?」

 威勢のいいラーメン屋の親父がカウンター越しに注意してくる。マズイな。

「すまぬ、店主よ。私はこれしか出来ないのだ。決して泣かせる訳では… ラーメンを冒涜などしていない。むしろ尊敬している。それよりも私は早くこの芳醇な香りを楽しみたい。今日は目をつぶってはくれないか?」

 ものすごく丁寧なクリスの口調と対応に親父もちょっとたじろいでいる。

「そんなに… ただのミーハーな外国人観光客ってわけでもないのか?」

 ん? 何気に失礼だな。こんなに人気なら色々なお客さんがいて大変なんだろうけど… ちょっと色眼鏡で見過ぎじゃない? うちのクリスはただのラーメン好きだよ?

「あぁ、私は昨晩からここのラーメンを楽しみにお腹を整えてきた」

「ぶははは。お腹を整える? そんな大したもんでもねぇよ。でもその心意気、気に入った! いいぞ、好きなように食え」

「かたじけない」

 ぷぷぷ、と他のお客さんからも失笑が聞こえる。
『外国人武士がいる』
『かたじけないだって』

 そんな声を全く気にしていないクリスは、満面の笑みで食べ始めると、三分も経たないうちに完食してしまった。

「ユーリ! この透き通ったスープは… 昨晩のスープも濃厚でよかったが、これは何とも言い難い! 実にうまい!」

「え? もう? ちょっと待って、私食べるから」

「ユーリは急がなくていいぞ。私は余韻を楽しむから。しかしこのスープ。濃厚でいて後味がさっぱりしている。そうだな… 貝か何か… 旨味を増すテイストは何なのか… 雑味がない。そしてこの麺だ。スルスルとコシもあって食べやすい。スープも絡まってとてもよくマッチングしている」

 … どこの食レポタレントだよ。饒舌すぎだし。
 せっせと食べる私を他所にクリスはジーンと一人感動に浸っていた。

「お! もう食べたのかい? もう一杯いくか?」

「いいのか!! いや、しかし止めておこう。外で待っているお客に申し訳ない」

「ほぉ〜、礼儀もちゃんとしてるのか。姉ちゃん、いい彼氏捕まえたな」

「あはは… ソウデスネ」

 クリスと店の親父の会話をBGMに私は慌てて食べる。ちょっと、何盛り上がってるの? 出汁がどうとか… クリスって本当にわかってる?

「ほうほう、なるほど。半日も鳥を煮込むのか。しかしなぜこんなにも透明なスープになるのか。店主はどこかで修行をした一流シェフなのか?」

「よせやい、一流とか、ガラでもねぇ。コツコツ、毎日きちんとやれば誰でも出来きら。仕事ってのは手を抜いちゃ〜いけねぇ、何でもな」

「何事も一流とはそう言うものだ。うんうん。店主、とてもおいしかった。ありがとう」

「そりゃーよかった。また来てくれ」

「あぁ」

 爽やかなイケメンスマイルを親父に送って、クリスと私は店を出た。

「クリス… 適応能力高すぎ! ちょっとあの親父さん最初怖くなかった?」

「そうか? いい店主ではないか。あれはシェフという名の職人だな」

「まぁ、そうだけど… で? これからどうする? どこか行きたい場所とか、リクエストとかある?」

「私はどこでもいいぞ。ユーリの行きたい場所はないのか? 私はとにかく今晩もラーメンがいい」

「どんだけ気に入ってるのよ! じゃぁ、今日は水族館にでも行こうか? クリスの世界にあるかわからないけど。この近くにあるんだ」

「水族館? 名は聞いた事はないが… よし行こう!」

 そして、私たちは水族館へ行く事になった。
「ユーリは水が好きなのか?」

 私はボ〜ッとペンギンが泳ぐ姿を眺めていた。

「ん? そうね。私の故郷が海に囲まれた島国なのよ。それで… 水族館は年に何度か来るかな」

「そうか。しかしこの装置は不思議な物だな。こんな外で、しかも透明なガラスか? 水を入れて… これで魔法を使用していないなんて。本当にこの世界の技術者には驚かされる」

「あはは、クリスったら。そればっかじゃん。ここまで来るのにどれだけ時間かかったんだか。クリスにはこの世界がどう見えてるのかな? 私は便利だけど… 時々寂しくなるよ」

「… 色々な物があるのも考えものか。まぁ私は楽しくてしょうがないがな」

「ふふふ。私も上京した当時はクリスのように毎日がワクワクしてたよ。わかる」

 と、私は気を取り直してニコッと笑顔に戻る。クリスは私の横に座り、一緒にボ〜ッとペンギンをしばらく見るのを付き合ってくれた。

 って、やっぱりクリスは… 女子ホイホイだよね。そこらの女子がペンギンではなくクリスを見ているのだから。人だかりができる前に、そろそろ移動しようかな。

「クリス? これから他の街にでも行く? 下町とか?」

「いや、街はもういい。人が溢れすぎて… 恐らくどこもこんな感じで賑わっているのだろう?」

「まぁ、そうね。今日は休日だから余計かも」

「私は静かな場所に行きたい。自然がある場所はないのか? それこそ海はないのか?」

「海ねぇ… 海はちょっと遠いかな。ありがとう、私のために言ってくれたんでしょ? なら、今日はもうお土産でも買って帰ろうか? 記念に」

「よし」

 今日ちょっと思ったけど、やっぱり世界が違うからなのか、クリスは何気ない所でいちいちスマートだ。エスコート慣れ? って言うの?

「クリスって女性にモテそうだよね?」

「そうでもないぞ? 私は魔法塔からあまり出ないし、社交界にもあまり顔を出さないからよく分からないが。こんなに女性といて楽しいのはユーリが初めてだ。そう言うユーリはどうなのだ? 恋人か婚約者はいないのか?」

「婚約者って。あはは。そんな人、いたようないなかったような… まぁ、私も色々ありまして」

「なんだ? 気になる言い方だな。さては逃げられでもしたのか?」

「ん〜そんなとこ」

「… すまん」

「やだ〜、気をつかわないでよ。もう何年も前の話だし。ごめんごめん、私も匂わせちゃって」

「まぁ、まだ若いんだ」

「何そのオヤジ臭い言い方。って、そう言えばクリスって幾つなの?」

「私は二十三だ」

「え!!! まさかの年下! 嘘でしょ! 顔のせいなの? 年上に見える」

「あはは。そうか? あまり変わらんだろ。年下は嫌か?」

「嫌ではないけど。ってお土産コーナーだよ。このペンギンの、チ、チャームとかどう?」

 と、ペアで持つキーホルダーを慌てて勧めてみる。子犬の目で『歳下は嫌か?』とか。めっちゃ焦るじゃん。耐性ない私にはドキドキしすぎて身が持たない。

「ほら、ここが磁石になっててくっつくの。お揃いになるんだ。お互い一つ一つ持ってさ。今日の、って言うか異世界の記念に」

「あぁ、いいな。絵が描かれているアクセサリーか。珍しい。これにしよう」

 それからまたラーメンを食べて帰路に着く。すっかりラーメンの虜になったクリスは店主と仲良くなって、ここでも周りを魅了していた。

 日が暮れた私のアパート前には、友達の山ちゃんとカノンが来ていた。

「きゃ〜、何そのイケメン! どこで捕まえたの!!!」
「まさか、休むって男!?」

 二人はワクワクしながらクリスを上から下まで見定めている。

「彼氏じゃないって。ちょっと訳ありで。まぁまぁ上がって? 部屋で話すよ」

 それから二人をクリスに紹介し、昨日の夜に起きた事を話した。
「エスヤーラ王国! それってあの(・・)?」

「は? カノン知ってるの?」

「知ってるも何も… 今爆売れ中の乙ゲーの国じゃん!」

 私と山ちゃんは顔を見合わせてハテナになる。乙女ゲームなんて知らんし。
 あっ! でも。昨日クリスに聞いた時に引っかかっていたのは、カノンに聞いたことがあったからか〜、納得。

「いやいやいや… で? この人はその国の人? 実在するの? え、本当に?」
 
 山ちゃんはちょっと半信半疑だ。ま〜、無理もないか。

「いや、その国かどうかは知らないけど。そこの魔法使いさんだって。現に魔法陣がキッチンの床に浮かび上がったしね。てか、明日の夜に帰るんだ」

 私はしれっと明日帰ることを伝える。

「「はぁ?」」

 山ちゃんとカノンは思考が停止してしまった。口をあんぐり開けてクリスを見ている。

「山ちゃん殿とカノン殿。短い間だがこちらの人間と話せてよかった。私は自分の世界に帰る予定だ」

「山ちゃん殿って。クリスさんだっけ? その話が本当なら召喚しようとしたゆりも連れて行く気?」

 山ちゃんはとりあえずは話を信じてくれたみたいだけど、ズバッと確信をついてきた。って、私もその事は考えてなかったわ。どうなの?

「いや… ユーリは連れて行かないよ。昨日『召喚は誘拐だ』と言われたばかりだからな」

「誘拐って、ゆりちゃん! え〜もったいない!」

 カノンはオタなのでこの手の話は好きなのか、目がランランしている。なんなら自分が行くと言い出しそうだ。

「あはは、クリス。そうしてくれると助かる。私も急に行くのは…」

「え〜急じゃなきゃいいの〜?」

「そう言う意味じゃ… まぁクリスはいい人そうだけど…」

「いいんだカノン殿。あちらに帰ったら召喚の儀の事を王と話してみようと思う。ユーリに言われるまで私達も分かっていなかった。聖女を召喚すると言う意味を」

 急にしんみりとなった私達はみんなで下を向いてしまう。う〜、気まずい。

「てかさ、私、今そのゲーム持ってるんだけど?」

 そんな空気の中カノンがいきなりゲームの話をし始める。

「ん?」

「本物がいるんだしやってみる?」

「いいね〜、面白そうじゃん」

 返事を待たずに、山ちゃんとカノンはいそいそとゲームの準備を始めた。

「ユーリ、何がどうなったのだ?」

「あぁ、今からエスヤーラ王国が出てくるゲーム… 機械式の小説みたいなのをしようかって。もしかしたらクリスも出てくるんじゃない?」

「何! 我が国の物語か… それは興味があるな」

 カノンは『でしょ〜!』とウッキウキだ。ゲームをスタートし、あらすじの映像が流れ始めた。

「実物のような絵だ。しかも動いているとは… あ! 我が王国だ。王城も! 城下街まで… ん? 王子か? 下の文字が読めない… ユーリ訳してくれないか?」

「え? 『…お忍びで外出していた第一王子のアンドリューは、ある日の夕暮れ、王都のはずれの森にて運命の出会いをする』かな」

「何! アンドリュー様…」

 と、クリスは考え込むように腕組みをしブツブツ言い出した。さっきまであんなに食いついて見ていた画面をもう見ていない。どうしたのかな?

「カノン。これって一時停止できる? クリスが急に考え込んじゃって」

「へ? うん。どうしたの、クリスさん?」

 私たち三人は心配しながらクリスを見た。

「あぁ… 実はアンドリュー様。先ほどの第一王子だが、実在する。しかも、よく城を抜け出しては市井へ視察に出かけているのも事実なのだ… まさか本当に私の世界の…」

「それって、しかもクリスさんが生きている時代設定も合ってるってこと?」

「信じがたいが… そうなるな」

 私たちは驚きすぎて無言で顔を見合わせる。

「じゃぁ、この物語って… 実話? 過去のことなの? それとも未来のこと?」

「それはわからない。しかし『エスヤーラ王国』『第一王子のアンドリュー様』『そして私』が揃うのだ。にわかだが、このゲームとやらは我が国がモデルになっていると思う。信じざる得ない根拠が揃っているのは確かだ」

 それって、どうなの? そうなると、これって…

「じゃぁ、このゲームを進めていったら未来がわかるかもしれないってこと?」

「それは、ゆりちゃん考えすぎだよ。だって乙ゲーだよ? 選択肢が違えば未来も違うよ?」

「あっ、そっか…」

 う〜んと私とカノンが悩んでいると

「カノン? これのオリジナルシナリオとか小説版みたいなのってないの?」

「そっか〜山ちゃん冴えてる! あるよ〜これの原作があるんだ。実は小説が先なんだよね〜」

「で?」

「え? 今は持ってないよ。家にあるよ〜」

 山ちゃんは大きく息を吐いてからクリスに向き合う。

「は〜。クリスさん、今の会話で何となくわかったと思いますが。あなたの国について書かれた小説が実在します。その内容が未来なのか過去なのかわかりませんが。クリスさんも認めたように、恐らくあなたが生きる時代のものでしょう。そして、あなたにとってどう影響するのかわかりません。どうしますか? 見たいですか?」

 クリスは『うん』と頷き山ちゃんを見据える。

「山ちゃん殿、私は知った以上は我が国のことだ、見たいと思う。しかし、先ほどの動く絵の文字が読めなかった。なのであなた達に助けてもらいたい。お願いする、訳してはくれないか?」

「わかりました。あなたが帰るまでにあと一日ありますよね。明日、もう一度集まりましょう」

「かたじけない」

 信じられない。いや、現に召喚されたクリスがいるのだからこの展開もアリといえばアリなのか? そんな山ちゃんはカノンにテキパキと指示を出している。

「カノン、明日、病欠取りな。んで、朝九時にここ集合ね。今日はもう帰ろう」

「え? 山ちゃん、そんな急に無理だよ〜」

「何言ってんの! 仮病やなんやでちょくちょく休んでるの知ってんだよ。明日ぐらい休み取れるでしょ」

「え〜、お〜ぼ〜」

「って事で、ゆり、明日また来るから。よろしく」

「は? え? うん?」

 と、明日また集まることになった。
 クリスは朝からソワソワしていた。現在八時五〇分。ピンポ〜ンと呼び鈴が鳴る。

「ちょっと早いけど、お邪魔します」

 山ちゃんとカノンが大きな荷物を持ってやって来た。

「山ちゃん? 何その荷物」

「あぁ、これ? プリンターとか」

「は?」

「まぁまぁ追々わかるって。それより早速始める? カノンが色々食料とか買ってるし」

「カノンも。ありがと」

「も〜めっちゃ重いぃ。山ちゃん鬼だし〜」

 カノンはずっしりと重たそうなコンビニ袋を二つドンと置いた。

「山ちゃん殿、カノン殿、本日はよろしく頼む」

「いいの〜クリスさんの為だもの。あはっ」

 … 本当に、カノンは調子がいいな。

「じゃぁカノン、小説ある?」

「うん。へへ〜、二冊持ってきたの。布教用だから山ちゃんとゆりにあげるね」

 差し出されたのは、水色の髪のヒロインが笑顔で微笑む後ろに男子が四人のお決まりの表紙の小説だった。

「これは… 本当に第一王子。どうなっている?」

 クリスは私に差し出された小説を私から奪い取りマジマジと見ている。

「クリスさん、本人に似ているの?」

「あぁ、それにこの後ろの… 宰相と騎士団長、魔法総長の子息達だ」

 … ベタだね。

「そう… 実在するのね。カノン、昨日の乙ゲーのビジュと少し違うくない?」

「それはね、小説が出たのがゲームが出る五年も前ので。小説の方はじわじわ人気が出た感じ? で、ゲームが大ヒットだから。どっちかって言うとゲームの方が先に知った人が大半なんじゃないかな〜」

「そうなると、小説の方がクリスさんが求めてる方っぽいね」

 山ちゃんは小説をパラパラ読んでから考え出した。私はその内に、差し入れの整理とみんなにコーヒーを作る。クリスもじっとしていられないのか私を手伝ってくれる。

「ユーリ、どんな内容なのか… とても不安でしょうがない」

「大丈夫だって。乙ゲーになるくらいだし、恋愛小説でしょ? 第一王子とあの表紙の女の子と周りの男子達との恋愛模様が書かれたものじゃない?」

「そうなのか? 恋愛… アンドリュー様には婚約者がいるのがだ、その辺りはどうなのだ?」

「さぁ? 無難に略奪系じゃない?」

「サラッと言うな。無難とは、この世界はそんなことが普通に起きるのか?」

「いや、普通ではないけど。そう言う小説がいっぱいあるってことだよ。あくまで物語」

 クリスは納得いかない様子。まぁ、こっちの世界のあるあるネタを論じてもしょうがないよね。

「大丈夫だって。結構『な〜んだそんな話?』で終わるんじゃない? 山ちゃんはどう考えてるかわからないけど。結構、真剣だよね。びっくりしたよ。二人とも仕事休んでるし」

「山ちゃん殿か…」

 こたつの部屋に戻ると、山ちゃんはプリンターをセットして、カノンはゲームのスタート画面でスタンバッていた。

「じゃぁ、始めようか。まず、クリスさん、私たちがこの小説の話を口頭で説明するのでこのノートにご自身でまとめを書いてください」

「了解した」

「カノンは、そうだな〜オープニングをざっと見て一旦止めといて」

「了解〜」

「私は?」

「ゆりは一回この小説を見てみな。あるあるのようで違うから」

 ん? と思いながら山ちゃんに言われた通り小説を読んでみる。横では山ちゃんがクリスに登場人物などを話していた。

『王国歴三〇六五年、エスヤーラ王国は長きに渡る魔法戦争に勝利し、隣国との和平条約を締結した。そして、まだ幼い第一王子アンドリューと隣国の王女との婚約も締結した』

 冒頭がこんな感じ? 具体的な年号とか… クリスが言っていた王子の婚約者ってこの隣国の王女様かな? 乙ゲーの原作にしてはちょっと感じが違う?

「ねぇ、山ちゃん、これって具体的すぎない?」

「そうなんだよね… 今、クリスさんにも確認したけど、冒頭の魔法戦争は本当にあったらしい。しかもそれは十年前の話だって」

「マジ! クリス、じゃぁ、これって」

「あぁ、我が国の、私が生まれた時代のものだ」

 私は山ちゃんをばっと見る。山ちゃんは『うん』と頷き話し始めた。

「十中八九、この小説はクリスさんの世界のことが書かれている。しかも年代が一致している。クリスさんは手違いでこっちに来たけど… 現にこの小説が存在する以上、今日の夜には帰るんだしわかる範囲で教えてあげようと思ってさ」

「なるほど。でもそれってどうなの? 未来? が合ってたとして、教えて大丈夫なの?」

「あはは、タイムトラベラー的な? 未来が変わるって? それは… 問題ないでしょ。多分…」

「多分って、山ちゃん。そこはちゃんとしなきゃ、クリスの未来が変わってしまうかもだよ?」

「だって…」

 山ちゃんと私が言い合っていると、カノンが脳天気に口を挟んだ。

「ま〜ま〜、もしって事でいいじゃん。違うかもしれないしさ〜気楽に行こうよ。物語の主軸は恋愛なんだし〜」

「そうね」「そっか」

「ユーリも山ちゃん殿もカノン殿もありがとう。私も『もしも』に備えると言う感じで受け止めるよ」

「って事で再開しようか」

 気を取り直し、小説の恋愛話はそこそこに説明文を読み解いていく。ちょいちょい出てくる時系列的な国の事情は、襲撃事件や飢饉問題、貴族間の争いなどだが、ふわっとしか書かれていない。知らないよりはいいと言うことで、クリスはノートにしたためていた。

「クリスさんの国の文字ってみみずみたいね〜」

 カノンがノートを見ながら『これはなんて書いてあるの?』とか聞いている。確かに。アラビア文字っぽい。

 こうして、山ちゃんはプリンターでゲームの画面を印刷したり、カノンは小説通りにゲームを進めたりと、ある程度話をまとめた頃には夕方になっていた。

「みんな、これから先十年の出来事が把握できた。礼を言う」

「は〜疲れた」「うん」「ほとんどが王子と奇跡の少女との恋愛話だったけどね〜」

「いや、十分だ」

「でも残念だな〜。本当の世界なら答え合わせしたかったな〜。ハーレムとかマジでできるのかとかさぁ」

「カノン、ハーレムとか… そこじゃないでしょ」

「えへへ〜」

「クリス、元の世界に戻っても… クリスはそんな事しないだろうけど悪用はしないでね」

「あぁ、国や民に関わる『もしも』の時は私のできる範囲で秘密裏に動く」

「う〜ん、心配だな」

「クリスさん、マジで気をつけてね。これは予言書に近いんだし。時には目をつぶらないといけないわよ?」

「… あぁ、承知している」