「大きくなったら結婚しようね?」

髪の毛を揺らしながら彼女は言う。

「もちろん、約束だよ!」

小指を立てて、指切りげんまんをしながらいつもの場所で約束を誓う。
少しやつれて見える彼女の顔は、儚げな雰囲気で美しいような感じがした。

「来くん、ちゃんと守ってくれるよね?」

心配そうに僕の顔を覗き込む。

「うん、ちゃんと守るよ!」

「「約束っ!」」

ジジッという音と共に場面が変わる。

彼女の顔が歪む。あたりは真っ暗になって、酷く痩せこけた彼女が僕に迫ってくる。

「逢⋯いたい⋯⋯逢いっ⋯⋯たい⋯」


そこで、夢は途切れた。
気づけば朝日が僕の顔を照らしていて、自分の意図とは反対に勝手に涙が零れ落ちていた。
どんな夢を見たか正確には覚えていないが、懐かしく、脆くて儚い、そんな感じだった。

「約束⋯」

何気なく呟いた一言。
もし、約束をしていたとして、何を約束したのか、忘れてしまったのは僕だけだろうか。

夢の中でよく見る彼女と約束をしていたのであれば、彼女はまだ約束というものを覚えているのだろうか。

もし約束をしていたとして、その約束をした相手は、よく思い出す彼女なのだろうか⋯。


いっそ彼女も僕と同じように忘れていてくれたら楽なのに、そう思ってしまった。

星のチャームが着いた鍵を取り、鍵のかかっている引き出しをあけノートを取り出す。
そこに書かれているのはどれも在り来りな内容ばかりで、特にこれといって惹かれるような物語は存在しなかった。

「今日は、少しでもいい文章が思い浮かぶといいな⋯」

彼女のためにも⋯

夕方。母さんの様子を見に、1回のリビングへ向かう。母さんはソファーで静かに眠っていた。
テーブルの上にはラップで包まれた軽食と手紙のようなものが置いてあった。手紙に書かれていた内容は、どれも日頃の僕に対する感謝とお礼。それと謝罪の言葉が記されていた。

[⋯⋯いつもありがとう、そしてごめんなさい。母さんより]

燃え上がるように一気に熱くなった目頭を抑え、必死に涙をこらえる。
きっと、僕だけが我慢していたんじゃない。母さんも母さんながら、僕のために色々と我慢していてくれたんだ。

ありがとうと、ごめんなさい。

たったこれだけの言葉なのに、どれだけ辛く重たいものなのかしっかりと読み取れた。