日向と出会った日から、1ヶ月が経とうとしていた。



土曜日の今日も、日向と橋の下で会う約束をしている。



1週間前に行った図書館での初デートは、普段こんな言葉は使わないけど、言うなれば夢のひとときのようだった。



今まで絶対に立ち寄らなかった図書館は、入ってみるととても心地が良くて、もう少し早く本の良さに気づけていれば、なんて後悔をするほどだった。



会話を重ねる度、日向についての色々なことが知れた。



好きな季節は春で、ほとんどの野菜が嫌いなこと、そして誕生日は9月20日で、俺と一日違いだということなど。



誕生日のことを知った時は、図書館の中なのにも関わらず、あまりの驚きに大きな声を上げてしまった。



そして、2人して反省することに。



でも、そんなことすら俺たちには幸せに思えた。



数少ない思い出を頭に浮かべながら、鋭い日光の下、自転車を走らせる。



待ち合わせをしている1時まで、あと15分。



余裕で間に合うだろうけど、足が勝手に勢いよくペダルをこぐのだ。



日向に会いたい。



足を動かしているのは、そのたった一つの気持ちなのだろう。



それから5分後、いつもの橋へ着いた。



「日向」



「お、葵〜、やっほ〜」



日向は笑顔で手を振ってきた。



「可愛い」



思わず口に出てしまった。



「えっ?あ、ありがとう……っじゃあ、今日も読もっか、本」



まだこういう言葉には慣れていないらしく、日向はそっぽを向いてバッグの中から本を取り出そうとしている。



耳が赤いのは隠せていない。



「ていうかさ、いつも思うんだけど日向来るの早くない?」



「そう?こんなもんでしょ」



いつも日向は俺より先に来ていて、待ち合わせの時間よりは早く着くけど、待たせてしまっているのは申し訳ない。



次からはもうちょっと早く行くか……



そう決意した時、日向は、何かを思い出したかのように声を上げた。



「あっ、聞いて欲しいことがあるの!私今度ね、知り合いのツテで、あの瀬尾カオリ先生の作品の編集もしたことある方と会えることになったの!」



瀬尾カオリ先生とは、日向が長年ファンをしている有名作家さんだ。



瀬尾先生の作品は、俺も結構好きだ。



「えっ、いいなぁ、良かったじゃん」



「でしょ!?ほんともう夢みたい……私も早く編集者になって、色んな作品に出会いたい……」



その様子を見て、俺も実は話したいことがあるのだと打ち明ける。



「俺、前から考えてたことがあって」



「うん、なに?」



「俺さ、小説家になろうと思う」



その言葉に、日向は疑問が耐えない様子で。



「えっ、いいよ、めっちゃいい!だけど急だね?私てっきり、葵は音楽の道に進むものだと思ってたから……」



「あ、うん。小説家になりたいっていうのは、実は音楽のことも考えて決めたんだ。俺、自分で書いた小説を元に、曲も作ってみようと思う。それは、自分のものを色々な形にしたいっていうのもあるんだけど、世の中には視覚とか聴覚の障害を持ってる人もいる。だから、耳が聞こえない人は小説、目が見えない人は音楽で、俺の世界を知って欲しいんだ」



簡単なことじゃないとは分かっているつもりだ。



その上でここまで小説家になることを望むのには、大きな理由がある。



「それでさ……日向。俺、自分の書いた小説を、日向に編集して欲しいんだ。俺の世界を、日向と一緒に作りあげたい。どう思う……って、ちょ、どうした?なんで泣いて……」



そう、日向は泣いていた。



あまりに突然な出来事で、俺はどうすればいいのか分からずアタフタするするしかなかった。



すると日向は、溢れてくる涙を必死に拭いながらこう言った。



「うれ、しくてっ……葵がそんなこと思ってくれてるとか、ひくっ、思わ、なくて……うう〜」



「あ〜も〜分かったから、俺こういうときどうすればいいか分かんないから。とりあえず、編集してくれるってことでいいんだよな?」



「うん……っ」



「ありがとう、嬉しい」



そう言って、日向を抱きしめる。



日向が落ち着いてきたところで、やっと小説の話題に入る。



「あ、この前俺が勧めた本読んでくれた?」



「読んだ読んだ!あれめっちゃくちゃ良かった!物語の舞台が商店街なのがもういいよね」



「そう!で、主人公は……」



と、一度も言葉に詰まらず語り合うこと1時間。



語るのは一旦終わりにして、お互いのオススメの本を読み合うことに。



日向がオススメしてくれたのは、初めて会った日に貸してくれた『午前0時のオーケストラ』と同じく、音楽に関する物語の小説だった。



面白さに期待しながら読み進めること早2時間。



そこで、俺は日向からの強い視線を感じる。



「……何、読みにくいんですけど……」



「ん?未来の大物作家兼作曲家を見つめてる……」



「いや、なれるか分からないから。目標にはしてるけど。それに……」



こんなにずっと見つめられると、やっぱり照れる。



それを感じ取ったのか、日向は俺のことをからかい始める。



「あれ〜?告白の時はあんなに大胆だったのに、見つめられるのが恥ずかしいの〜?」



俺の顔はもうとっくに赤くなっている事だろう。



でも、俺もやられてばかりではない。



「告白のときは日向だって真っ赤になってた」



「なっ、〜〜もうっ……ダメ?見つめられるのは嫌?」



くっそ、ずるいな……



「ダメでも、嫌でも……ないけど」



「じゃあ見てよっと」



「……っ」



やっぱりどうしても気になってしまい、日向を横目で見ると、案の定目が合う。



「ん?ふふ」



ふふじゃねぇよ……



可愛いんだけど?



耐えられなくなり、ついに俺は日向にキスをした。



高校3年生にして、人生初のキス……ファーストキスだ。



日向は驚いて言葉も出ないよう。



「ほら、未来の大物作家サマからのキスだけど。嫌だった?」



「嫌じゃ、ないです……っ」



「そ、良かったな」



「〜〜もうっ、葵のイジワル!」



「ははっ、仕返し大成功」



……なんて言って過ごす時間は、恐ろしいほどあっという間に過ぎていく。



でも今は、雨の日だけでなく、快晴の日でも日向と会える。



そしていずれは、一生彼女のそばにいることを誓う日が来るのだろうか。



橋の下で生まれた恋は、雨と本によって作られた、世界で1番幸せな物語。



ある日は恋に落ち、ある日は恋人となり、ある日はキスをした。



日向が俺にくれた「世界」というプレゼントは、この世の何よりも尊いもの。



それを、これからは俺が作っていく。



日向を笑顔にする小説を自分で、そして、日向と共に作ってみせる。



これまでに無いほど顔を赤く染める彼女を見ながらそう決意したのは、とある7月の第3土曜日。



その日は、驚くほど綺麗な快晴だった。