「うわあああああ!!!!」
自分の叫び声で目覚めたら夜。いつの間にか焚火が焚かれ、何かの肉が串に刺さって焼かれていた。多分普通の兎肉。ラビットベアは、もっと柔らかい肉質だ。
最初は悪夢を見たと思った。
腹回りが切り裂けてボロボロになった服を着てなければ……。
途端にあの激痛と、死への絶望感は現実だったと自覚して恐怖に身が竦んだ。
その後はデカイ蜘蛛に溶解液を吐きかけられ、糸でぐるぐる巻きにされた。
更にその後、魔狼が狩りの練習台にしてんのかと思うような酷い嬲られ方をした。挙げ句、手足に食いつかれて肉を引き裂かれる痛みに泣き叫び、悶え苦しんだ。
他にも魔獣に何かしら攻撃され、苦しんだ末に何回か死んだ。
死んで目を覚ます度に無傷の状態になり、武器を一つずつ増やされた。後で知ったが、それはミルティアの情けだったらしい。
いや、何の情けにもなってなかったぞ。情けの出しどころがズレまくってる。
やがて地獄のような一晩を過ごしてから、翌日の日の出を見た時だ。
それまで昼夜問わず四六時中抱いていた公爵家への恨みや憎しみを忘れ、ただ生きている事に涙した。
俺はきっとあの恐怖と恥辱の夜を、そしてただ生きている事に感謝した朝を忘れる事はない。
日の出を眺めて涙した俺は、直後にサラマンダーに襲われた。
ぶっちゃけ心から、本当に心から、もう勘弁してくれと切に願った。
だが間一髪のところで、俺は何者かに蹴り飛ばされた。お陰で吹き上げられた炎の餌食から逃れた。
その後、サラマンダーの頭に短刀をぶっ刺して一撃で仕留めたのは、当時ほんの九歳のミルティアだ。
もちろん俺を蹴り飛ばしたのは、コイツ。
「夜が明けたから帰りましょう、お兄さん。次から女性の胸ぐらは掴んじゃ駄目。マナー違反はメッ、なのよ?」
ニコニコと微笑む美幼女。俺には悪魔に見えた。
……はい。
心の中で素直に返事をして、俺は昇天した。
後日、俺はミルティアに吐き捨てた自分の発言が、いかに的外れだったのかを痛感していく。
辺境、ヤベエ。一家揃って怖すぎるだろ、辺境伯爵家。
――そうして数年の月日が流れた。
「私、あなたが好きみたい」
「そうか、俺はお前をそんな風に思ってない」
「でしょうね」
言うだけ言って、気が済んだのか立ち去るミルティア。いつからか繰り返すようになった、このやり取り。
初めの頃は、申し訳ない断りの気持ち。だがいつしかそれも無くなっていた。
見た目だけは幼く可憐な少女が、少しずつ大人に成長していく。そんな少女に告白されても、俺はミルティアを色恋の目で見られなかった。
俺達は五歳差だ。成人して数年の俺からすれば、その差はデカかった。ミルティアはまだ成人前の子供なんだ、仕方ないじゃないかと何度も思った。
だが何よりも大きな理由。はっきり言って、ミルティアが強すぎた。
十四歳でこの家に招かれた俺は、辺境領主だからこそ持つ事が許される私兵団に入団し、体を鍛え始めた。
元々筋は良かったらしい。めきめきと頭角を現し、今ではミルティアの兄達と肩を並べる程に成長できた。
にも拘らず、俺はミルティアに勝てた試しがない。
畏敬の念は抱けても、自分とは次元の違う強さが過ぎたんだよ。そんな対象には見られなかった。人外だ。やる事は合理的で、人間味が常人の半分ほど欠落した魔王だ。
どうやって女として見るんだよ。もちろん顔は物凄く可愛らしいんだけどな。
それに事ある毎にミルティアが呈する苦言が痛すぎた。だから余計、ミルティアを女として受け入れられなかった。
もちろんその苦言は何も間違っていない。むしろ的確だ。全ては俺を案じての発言でもある。
現在は……心から反省もしてる。素直になれなかったのは、俺のちっぽけなプライドと、捻くれた性格のせいだ。
だからだろうな。ある日を境に、俺は突然ミルティアに見向きもされなくなった。
ミルティアは己の研鑽に集中し始め、ふらりといなくなる。夕食には戻ってくるけど、またいなくなる。
汚れていたり、時折だけど小さな傷を作って帰ってくる生活をミルティアは一年ほど続けていた。
この頃から俺は、ミルティアがいつかいなくなるんじゃないかと内心、気が気でなくなっていた。
女として意識し始めたのもこの頃だ。無意識にミルティアは自分の側からいなくならないと、タカをくくっていた事を思い知った。
ミルティアの兄達にも、色々助言をもらった。自分から話しかけてもみた。
その度にミルティアは大丈夫、ただ強くなろうとしているだけだと返す。
あんまりしつこくすると、今度はあの森に放りこまれた。鬱陶しがられていたんだろうな。
流石にこの頃には、森から生還できるようになっていたから問題はなかったが。きっと俺はもう、男として見限られたんだろう。
そうしてミルティアが成人する十四歳の朝。俺は用意していたプレゼントを持って、部屋に行ったが、もぬけの殻だった。
始めはいつも通り、夕食には帰ってくるだろうと考えていた。
だが一日経っても、三日経っても帰って来なかった。ミルティアに怒られるかもしれないと思いながらも部屋を探ってみれば、私物のほとんどは処分されていた。
ミルティアは家を出ていたんだ。
慌てておじさん達に話せば、ミルティアは両親にだけはちゃんと伝えていた。恐らく年単位から一生帰らないと。
なんだよ、それ。幅がありすぎる。腐っても貴族令嬢だろう。そういうところは、相変わらず一家そろって適当だな。
いや、それよりも……ミルティアに一言も相談されなかった事実に、俺は打ちのめされた。
自分の叫び声で目覚めたら夜。いつの間にか焚火が焚かれ、何かの肉が串に刺さって焼かれていた。多分普通の兎肉。ラビットベアは、もっと柔らかい肉質だ。
最初は悪夢を見たと思った。
腹回りが切り裂けてボロボロになった服を着てなければ……。
途端にあの激痛と、死への絶望感は現実だったと自覚して恐怖に身が竦んだ。
その後はデカイ蜘蛛に溶解液を吐きかけられ、糸でぐるぐる巻きにされた。
更にその後、魔狼が狩りの練習台にしてんのかと思うような酷い嬲られ方をした。挙げ句、手足に食いつかれて肉を引き裂かれる痛みに泣き叫び、悶え苦しんだ。
他にも魔獣に何かしら攻撃され、苦しんだ末に何回か死んだ。
死んで目を覚ます度に無傷の状態になり、武器を一つずつ増やされた。後で知ったが、それはミルティアの情けだったらしい。
いや、何の情けにもなってなかったぞ。情けの出しどころがズレまくってる。
やがて地獄のような一晩を過ごしてから、翌日の日の出を見た時だ。
それまで昼夜問わず四六時中抱いていた公爵家への恨みや憎しみを忘れ、ただ生きている事に涙した。
俺はきっとあの恐怖と恥辱の夜を、そしてただ生きている事に感謝した朝を忘れる事はない。
日の出を眺めて涙した俺は、直後にサラマンダーに襲われた。
ぶっちゃけ心から、本当に心から、もう勘弁してくれと切に願った。
だが間一髪のところで、俺は何者かに蹴り飛ばされた。お陰で吹き上げられた炎の餌食から逃れた。
その後、サラマンダーの頭に短刀をぶっ刺して一撃で仕留めたのは、当時ほんの九歳のミルティアだ。
もちろん俺を蹴り飛ばしたのは、コイツ。
「夜が明けたから帰りましょう、お兄さん。次から女性の胸ぐらは掴んじゃ駄目。マナー違反はメッ、なのよ?」
ニコニコと微笑む美幼女。俺には悪魔に見えた。
……はい。
心の中で素直に返事をして、俺は昇天した。
後日、俺はミルティアに吐き捨てた自分の発言が、いかに的外れだったのかを痛感していく。
辺境、ヤベエ。一家揃って怖すぎるだろ、辺境伯爵家。
――そうして数年の月日が流れた。
「私、あなたが好きみたい」
「そうか、俺はお前をそんな風に思ってない」
「でしょうね」
言うだけ言って、気が済んだのか立ち去るミルティア。いつからか繰り返すようになった、このやり取り。
初めの頃は、申し訳ない断りの気持ち。だがいつしかそれも無くなっていた。
見た目だけは幼く可憐な少女が、少しずつ大人に成長していく。そんな少女に告白されても、俺はミルティアを色恋の目で見られなかった。
俺達は五歳差だ。成人して数年の俺からすれば、その差はデカかった。ミルティアはまだ成人前の子供なんだ、仕方ないじゃないかと何度も思った。
だが何よりも大きな理由。はっきり言って、ミルティアが強すぎた。
十四歳でこの家に招かれた俺は、辺境領主だからこそ持つ事が許される私兵団に入団し、体を鍛え始めた。
元々筋は良かったらしい。めきめきと頭角を現し、今ではミルティアの兄達と肩を並べる程に成長できた。
にも拘らず、俺はミルティアに勝てた試しがない。
畏敬の念は抱けても、自分とは次元の違う強さが過ぎたんだよ。そんな対象には見られなかった。人外だ。やる事は合理的で、人間味が常人の半分ほど欠落した魔王だ。
どうやって女として見るんだよ。もちろん顔は物凄く可愛らしいんだけどな。
それに事ある毎にミルティアが呈する苦言が痛すぎた。だから余計、ミルティアを女として受け入れられなかった。
もちろんその苦言は何も間違っていない。むしろ的確だ。全ては俺を案じての発言でもある。
現在は……心から反省もしてる。素直になれなかったのは、俺のちっぽけなプライドと、捻くれた性格のせいだ。
だからだろうな。ある日を境に、俺は突然ミルティアに見向きもされなくなった。
ミルティアは己の研鑽に集中し始め、ふらりといなくなる。夕食には戻ってくるけど、またいなくなる。
汚れていたり、時折だけど小さな傷を作って帰ってくる生活をミルティアは一年ほど続けていた。
この頃から俺は、ミルティアがいつかいなくなるんじゃないかと内心、気が気でなくなっていた。
女として意識し始めたのもこの頃だ。無意識にミルティアは自分の側からいなくならないと、タカをくくっていた事を思い知った。
ミルティアの兄達にも、色々助言をもらった。自分から話しかけてもみた。
その度にミルティアは大丈夫、ただ強くなろうとしているだけだと返す。
あんまりしつこくすると、今度はあの森に放りこまれた。鬱陶しがられていたんだろうな。
流石にこの頃には、森から生還できるようになっていたから問題はなかったが。きっと俺はもう、男として見限られたんだろう。
そうしてミルティアが成人する十四歳の朝。俺は用意していたプレゼントを持って、部屋に行ったが、もぬけの殻だった。
始めはいつも通り、夕食には帰ってくるだろうと考えていた。
だが一日経っても、三日経っても帰って来なかった。ミルティアに怒られるかもしれないと思いながらも部屋を探ってみれば、私物のほとんどは処分されていた。
ミルティアは家を出ていたんだ。
慌てておじさん達に話せば、ミルティアは両親にだけはちゃんと伝えていた。恐らく年単位から一生帰らないと。
なんだよ、それ。幅がありすぎる。腐っても貴族令嬢だろう。そういうところは、相変わらず一家そろって適当だな。
いや、それよりも……ミルティアに一言も相談されなかった事実に、俺は打ちのめされた。