「ひっ、ひっ、」

 あら、足が生まれたての子鹿のようよ、シーフちゃん?

「あ……あ……」

 あらあら、地べたに座り込んだりなんかして。獣社会じゃ逃げない弱者は駆逐されちゃうわよ、プリーストちゃん?

「は……え……」

 身体中震撼しているのに戸惑うなんて、野暮ったいわねえ、ウィザード君?

 少し威圧を増して放っただけなのに、この三人はなんて情けないのかしら。

「ぐっ……本気、か!」

 ダーリン(仮)は剣聖と呼ばれるだけあって、さすがよ。剣を構えてこちらにつっこんで来る。

「はぁ」

 けれどダメダメね。あまりのできの悪さにため息が出たわ。

 向かってくるダーリン(仮)に、私の方から一瞬で間合いを詰める。

「なっ」

 ダーリン(仮)が振り下ろそうとした剣。その太刀筋の方向にベクトルを合わせたまま、上から斜め下に力を加えて素手で弾く。

 そのまま魔法で自分の肉体強化と互いの重力操作。ダーリン(仮)の体重を軽くして、私は自分の足部分だけ重くし、空いた胴を蹴り込んで吹き飛ばす。直後に風刃を発生させ、ダーリン(仮)の全身を薄く傷つけた。

「うっ、ぐっ」

 仲間達のすぐ目の前まで吹き飛んで、幾つかの傷口からは血が滲み始める。

「「嘘?!」」
「そんな?!」

 そんな彼を見た彼の仲間……正直、仲間だなんて私は認めないけれど。女子2人は仲良くセリフを被らせつつ、そこの三人は驚愕した表情のまま、無様にも慌てふためく。

 今さらじゃない。

 馬鹿な三人に歯噛みしそう。ダーリン(仮)の体、貴方達のせいで、とっくにボロボロだったのよ。

「カ、カイン! 知り合いだからって手加減してるのよね?」
「ま、魔法が使えません! カイン、早くあの魔女を成敗して下さい!」
「カインの知り合いだろう! 俺の命だけでも助かるように交渉しろよ!」

 シーフも、プリーストも、ウィザードも、仲間のはずのダーリン(仮)を少しも心配しない。ウィザードなんて口調も崩れて自分だけ延命を乞うクズっぷりを発揮しているわ。

「あなた達、随分余裕ね?」
「やめ……」

 そんなのが私の愛しい人(ダーリン(仮))とパーティーを組んでいたなんて……許せるはずがない。

 乾いた笑いを漏らしながら、パチンと指を鳴らす。

「「「ぎゃあ!!!!」」」

 今度は仲良く三人共に声が揃う。砂嵐が彼らを襲い、姿が嵐にのまれる。

「やめてくれ! ミルティア!!」
「もう遅いわ」

 砂嵐がゆっくりと収まり、阿鼻叫喚した表情で固まる三体の等身大砂人形が残った。

「あ、そんな、うそ、だ……」

 ダーリン(仮)はゆっくりと起き上がり、私に背を向けて人形に近づく。そんなダーリン(仮)を嘲笑うかのように、砂人形がサラサラと崩れ落ちた。

「明らかに実力不足だとわかっているのに、死の森のような危険地帯に入るから、こうなるのよ。カインもそう。私を殺す覚悟もなく向かってくるなんてね」
「なん、でだ……こんな……お前は戦意のない者を殺すような、そんな……」

 私の事を都合良くは信じてくれていたのね。嬉しくて胸が痛むわ。あなたと過ごした辺境での時間。きっと私達の関係が穏やかなものであったのなら、きっと意味はあったのでしょう。

 今は裏切られたような顔をしているのかしら? そんなダーリン(仮)の顔も……きっと素敵なのでしょうね。でも見たくはないの。そのまま……私に背を向けていて?

 このまま無言で立ち去りたい気持ちに支配される。けれど貴方の闇堕ちを完璧に防ぐ為にも、そうするわけにはいかない。

 だって貴方は結局、学ばなかったのだから。

「本当にカインは甘ちゃんね」

 そんなだから()()()に気づかない()()をするのよ?

「ねえ、あなたの致命的な欠点が何だかわかる?」

 思っていたよりずっと優しい声が出るわ。それと反比例するかのように、私の心は底冷えしているけれど。

「人を自分の色眼鏡で見る所よ」
「ミル、ティア」

 ダーリン(仮)の声が掠れている。砂の魔法を使ったから、空気が乾燥しているのかしら?

 全て終わったらちゃんと喉を潤しなさいね、愛しい人(ダーリン(仮))

「あなたの運命は過酷よ? 望んでいなくとも」
「ミルティア」

 私に背を向けたまま、ダーリン(仮)は私の名前を呼ぶ。

 そう……憎悪を滾らせるのは、私だけにして?

「彼らの裏切りにあなたは気づいていたのよね? けれどそれは貴方が彼らを甘やかし、強くなるチャンスを奪ったせい」

 自分を選び続けて欲しくて、あの三人に尽くした愚かで可愛い人。

「貴方はそれでも良いと許したの。寂しかったから? 必要とされたかったから? 違うわ」
「ミルティア!!」

 振り向いたダーリン(仮)は一瞬で詰め寄って、初めて会った時のように胸ぐらを掴んでくる。

「選ばれない事が怖くなったのよ」
「違う!」
「違わない。だからあの時気持ちの上だけでも、貴方の血縁者達と縁を切れと言ったの」

 夢の中で魔竜と戦う貴方達パーティーは、全員が等しくAランク冒険者だったわ。あの程度の威圧で戦意を喪失し、萎縮して魔法も発動できずに震えるなんて事はなかった。

 だって夢の中の魔竜が発した威圧には、私とは違う明確な殺意が含まれていたのだから。皆が等しく出せるだけの力を、本来の実力以上にお互い出し合っていた。だからこそ、たった四人で誰も欠ける事なく魔竜を討伐できた。

 それは旅の最終地点となるここに来るまでに、戦いの中で互いへの信頼感を養い、研鑽し合って共闘してきたから。

 もちろん貴方も。

 間違っても貴方がほぼ全ての戦いで、絶えない生傷を負い続ける戦い方ではなかったのよ。

 そして夢の中の三人は、貴方の血縁者達が秘密裏に持ちかけた甘言を退けた。だからこそ全員が刺客に殺されたの。

 けれど、と……私自身が積極的にダーリン(仮)へ関わってきた事を思い出す。

「どちらが……良かったのかしらね?」
「ミルティア?」

 あぁ、何て事。ダーリン(仮)を弱くしたのは……私かもしれないわ。今になって夢と現実の違いに気づくなんて。

 ごめんなさい、ダーリン(仮)。違いは私が関わったか、そうでないかしかないわ。

 両手で愛しいダーリン(仮)の頬を包んで、驚きに薄く開いた唇に口づける。癒しの魔力を乗せて。

「なっ」
「誰も殺してなんていないわ。さようなら、カイン」

 驚くダーリン(仮)に笑いかけ、家族の元へ転移させる。もちろん私が信頼している辺境の家族の元へよ。

「お花ちゃん、クロちゃん」

 暫くダーリン(仮)のいた場所を見つめてから、静かに呼びかける。

 呼べば紅白のミニ竜達が可愛らしく飛んできて、私の頬をペロペロ舐める。いつの間にか涙が流れていたのね。

 この子達は物陰に隠れて、私を見守ってくれていたの。気配を殺すのがとっても上手になったから、私以外は気づいていなかったけれど。

 心配そうに私の顔を覗きこむミニ竜達の為にも……気持ちを切り換えて、やるべき事をやらなくっちゃ。