「おめでとう!」
「お幸せに!」
「綺麗!」

 麗らかな春の陽気に、祝福の花びらが風に舞い踊る。

 純白のウェディングドレスを着て、幸せそうに微笑む花嫁。そんな花嫁をうっとりと見つめる、タキシード姿の新郎。

 幸せの絶頂にあるかのような眩しくも初々しい夫婦。

 ……が、二組。

「「まっさか兄貴(弟)と合同結婚式をする事になるとはな。あはははははっ」」

 笑い合う二人の新郎は正真正銘、俺の家族。

『頼みがあるんだ。その……聞いて欲しい』

 約五年前。ミルティアによって強制的に里帰りさせられた俺が、彼らに頼んだ事。

 それは血縁上の家族と決別し、この人達と戸籍上の家族になる事だった。つまり養子にしてもらう事だ。

 自分で言うのもなんだが、俺はA級冒険者だけでなく、剣聖なんて呼ばれるくらいの有名人だった。そんな俺が冒険者界隈で御法度とされる陰謀に嵌められたんだ。特に当時はかなり注目されていた。

 だから内々に処理をしている。何よりも自分自身の為に。そしていつか叶えるミルティアとの未来の為に。

 S級冒険者の認定を受ける時のみ発生する権利に、戸籍の離脱がある。

 もちろんどうするかは本人が選べるが、ほんの一握りしか存在しないS級冒険者達は、ほぼ全員が離脱を選んでいる。

 ミルティアもそうだった。

 それくらい災害()級冒険者は狙われる。万が一にも身元が割れれば、家族が巻き込まれて危険に晒しかねない。

 勿論その逆もあり得る。

 A級冒険者の俺ですら、血の繋がる異母兄達は卑怯な手を使って殺そうとしたのだから。

 まあ俺の事はいい。ミルティアが前者を危惧して、離脱した事が重要なんだ。

 ミルティアは間違いなく、自分の家族(血縁)を愛して大切にしていた。だからあの時俺は、ミルティアが愛する家族元に転移させられたんだろう。

 今なら疑いようもなく、俺はミルティアに愛されていると確信している。

 だけどミルティアは俺から離れた。俺も家族だったから。

 この約五年、あちこち探し回ってもミルティアは見つからない。

 しかし最近、とある噂をよく耳にするようになった。

 嘘みたいな内容と共に、赤白(せきはく)の竜使いという言葉が出てくる噂だ。

 もしかするとミルティアは、鮮血の魔女という二つ名以外でも語られ始めているんじゃないだろうか?

 話は本当に、嘘みたいな内容だ。だがミルティアならやりかねない。

 例えば……。

【噂その1】
 出現率があまりに少ないクイーンキメラという魔獣がいる。獅子の頭と山羊の胴体、蝎の尻尾を持ち、口からは火炎を吐く。

 クイーンとつくだけにめちゃくちゃデカイ雌。普通のキメラは俺くらいの背丈だが、そいつの二倍くらいある。

 倒し方は月並みなキメラと同じだ。鉛の塊を口に放り込み、自身の火炎の熱で溶けた鉛塊で内から殺すの。

 ただデカイ分、鉛が大量に必要になる。だからその場は一旦逃げて、ギルド経由でパーティーを作ってから討伐する。鉛は半分ギルドが負担してくれるからな。

 クイーンは特に動きが速い。それに頭上に跳躍しては、火炎を放射するから倒しにくい。

 噂になったクイーンは、よりによって大通りに跳びこんできたらしい。

 辺りは騒然とした。間違いなく死人が出る。誰もがそう思った時だ。

 赤い竜と共に地上に舞い降りた華奢な体格の女と思しき者がいた。女が何かを呟くと、赤竜は小さくなった。

 そして自分の頭上を飛ぶ竜を優しく抱き寄せると、クイーンとの距離をあっという間に詰めたらしい。

 火炎を吐こうと口を開けたクイーン。そこに臆する事なく小さくなった竜をつっこみ、空になった両手でクイーンの口を閉じた。

 次の瞬間、クイーンの中から炎柱がドン、と上がってクイーンは絶命した。

 その後だらりと開いた焦げた口に女は手をつっこみ、赤竜を取り出す。すると赤竜は逃げるように飛び去ったそうだ。

 赤竜は泣いていたとか、いないとか。

 ……ミルティアが似たような事を普通にやっていたの、死の森で見たからな。あの時はクイーンじゃないキメラに、赤竜じゃなくてサラマンダーだったが。

【噂その2】
 出現率が神がかり級のケルベロスという魔獣がいる。頭は三つでへびを尾に生やし、胴体には無数のへびの頭が生えている。

 大抵はできたばかりのダンジョンで何かしらを守っていて、三つの頭が一つずつ交代で眠り、残る二つの頭で常に見張りをしている。番犬とも呼ばれている。

 対処としては、竪琴の名手が奏でるかのような、美しい音色で全ての頭を眠らさせる。

 もしくは好物の蜂蜜と小麦の粉を練って焼いた菓子を与える。食べている隙に目の前を通過して、戦わずして回避することが鉄則だ。

 その時は白い小さな竜を肩に乗せた小柄な女性が、ダンジョンから首根っこを引っ掴んで連れ出したらしい。

 前代未聞の行為だ。同じダンジョンにいた冒険者は騒然となりながらも、遠巻きにそれを見送るしかなかったと聞いた。

 ケルベロスは普段から外に出た事がなかったんだろう。驚いたのか太陽の光に曝された瞬間、吠えまくって目にも止まらない速さでダンジョンに走り戻った。

 その時飛び散ったケルベロスの唾液からは、猛毒植物が生えた。それを微笑みながらむしり採る様は、恐ろしい魔女のような愉悦だったとか、聖女のような微笑みだったとか。

 これに関しては、全てがあり得そうで否定できない。ミルティアなら、ワンちゃんたらとっても可愛い〜、とか言いながらケルベロスを連れ出して散歩させようと試みそうだ。

 毒草については、珍妙な花だったなら毒とか関係なしに、普通に摘んで部屋に飾りそうな気がする。

 ミルティアの花の好みは……まあ、独創的なんだ。