「おじさん達は心配じゃないのか!」

 あまりにも、あっけらかんとしたミルティアの両親につい声を荒げてしまう。

「うーん……まあミルティアだしなあ。ほら、うちの娘は最恐可愛いだろ?」
「やあね、カイン。あの子なら好きにやるわよ。それにもう成人したんだもの。仕方ないわ」
「なっ?!」

 ミルティアの両親の、あまりにも軽い言葉に絶句する。ミルティアが成人したのは三日前だ! まだまだ子供なんだよ!

 というかおじさんは最強じゃなく、絶対最恐って言ってるだろ! そこは同意するけれども!

「まあまあ、カイン、落ち着けって」
「そうだぜ? 考えてもみろよ。アイツはこの一年、ひたすら腕を磨いてたんだ。いなくなったって事は、腕試しにいったんだろ」
「だけど……」
「そんなに心配なら、お前もここを出て冒険者になったらどうだ?」
「ぶっちゃけ、そっちのが追いやすいんじゃね?」

 どうでもいいがミルティアと血が繋がった兄妹だからか、この二人も綺麗な顔をしている。妹と違って人間味あふれる兄達だしな。
 だがそこで不意に、自分が兄のように感じていた二人の言葉にハッとした。

 結局俺は……他人でしかないんだ。

「あのな、勘違いすんなよ? 追い出そうとしてるわけじゃない。お前はもう、俺達の家族なんだぜ。妙なトラウマ起こして、俺らの気持ちを曲解すんなよ。ただな、お前の為にも一回ここから出て、もっと広い世界を見てもいいんじゃないかと思ってる。戻ってくるのなんか、いつでもできるだろ」
「そうそ。疲れたり、しんどいって思ったら、いつでも帰ってくりゃいいんだからさ。気楽に行ってこいよ」

 俺の小さな考えなんか、二人には手に取るようにわかったみたいだ。明るく諭される。

「それに言っただろ? ミルティアが成人するのをただ待ってるだけじゃ、もう捕まえられないんじゃないかって」
「自分の気持ちもわからずに女として見れないからって、ミルティアが大人しく捕まってくれるタイミングを逃したのは、お前だぞ」
「……そう、だよな……」

 ズバズバと本質を突いた物言いは、さすがミルティアの兄達だと心底思った。

「ま、ついでに良い女いたら、こっちに連れて帰って来いよ」
「ここって日照ってるからさ」
「……」

 こいつら……真の狙いは絶対それだろう。だが辺境の地の嫁不足が深刻なのも確かだ。国防の要の土地だが、好きでここに嫁ぎたい女もそうそういない。この二人の顔がどれだけ良くても。

「……わかった」
「「弟よ!」」

 明るい兄達の、己の欲望に忠実なところは嫌いではない。

 後日、俺はおじさん夫婦にもしばしの別れを伝えて辺境領を後にした。

 おばさんに勧められた通り、冒険者ギルドに登録した。暫くはフリーでランクをあげながら、ミルティアの情報を集めていった。

 だが読みは外れて、ミルティアは冒険者にはなっていないようだった。目撃者らしき者が見つからなかった。

 その後、噂で何十年ぶりかでS級認定された女冒険者の話を聞いた時は、もしやと心が踊った。

 真っ赤な髪と目で、肌は褐色のテイマーだったから、結局期待は外れたが。S級冒険者の情報は通常秘匿される。だがその女冒険者は、わざわざギルドの受け付けで古竜を呼んだらしい。だから外見の噂が出回った。

 ミルティアの目も赤いが、髪は白い。肌も透明感のある決め細かな白い柔肌だし、テイマーではない。もしミルティアが古竜とでくわしたなら、むしろ殴る蹴るの力技で殴り殺しそうだ。

 S級冒険者の方は、テイムしただけあって古竜が随分懐いていたらしいし、まず人違いだろう。

 そうしてなかなか見つからない現状に、挫けそうになる己を鼓舞して、とにかく依頼を受けまくった。ミルティアを見つけても、彼女より弱ければ想いを伝える資格はない。そう考えて、ただひたすら自分のランクを上げる事に専念した。気がつけば二年も経っていた。

 俺は異例の早さでA級冒険者となり、指名依頼をこなすようになった。時には臨時のパーティーを組んで、国の仕事もこなす。時には大規模魔獣被害が発生して、居合わせた冒険者達と協力して魔獣を討伐しまくり、被害を最小限に抑えた。

 いつの間にか巷では剣聖なんて呼ばれるようになった頃だ。

 俺はちょくちょく臨時でパーティーを組んでいた三人に誘われ、正式にパーティー登録した。これまでも何度か誘われていたが、いつかミルティアとパーティーを組む日が来るかもしれないという、淡い期待を捨てられずにいた。

 だが捜し始めてもう五年。正直、もう見つからないと諦めていたのもある。

 いつまでも一人で生きるのに……疲れた。

 正直この三人と実力の差はあったが、それは俺がカバーしてやれば問題ない。いつかは彼らの実力も上がるだろう。何より俺の鍛練にもなる。

 だが気づいていた。あの三人は俺を頼るのではなく、依存していった事に。

 ただ、それならそれで自分を失うデメリットから、あの三人は裏切らない。そんな風に考えるようになっていた。

 そしてある日、祖国から指名依頼がきた。魔竜の討伐依頼だ。

 だがこれまでその依頼を完遂できた冒険者は、皆無だと言われた。

 何故俺達に? そう思わなかったわけではない。だが父上のいる祖国からの指名依頼だ。無視もできず、初めて王城へ赴き……異母兄達と居合わせた。

 相変わらず憎まれている。二人の異母兄の目を見ればわかった。

 指名するよう仕向けたのは、恐らくこの二人だ。俺への嫌がらせか、あわよくば死ねと思ったに違いない。俺を見る目は、まるで蛆虫を見るかのようだった。

 いたたまれず、俺は交渉を仲間の三人に任せて宿に戻った。流石にあいつらも断るだろう。俺よりも戦闘能力が低いんだ。身のほどは弁えているはずだ。

 思えばこの判断が間違いだった。

 あの三人は、よりによって前金を受け取って依頼を受けてしまった。

 行かざるをえなかった。