「えっ、なんで……え?」
「へへっ。いいから、いいから」

 戸惑う僕を気にも留めず、道端にクロスバイクを停めると、みぃちゃんは僕の腕を引っ張って、日陰のブロックにしゃがむようにして腰を下ろした。
 いま、会いたいと思っていた人が、目の前にいる。目をぱちくりさせたり、擦ったりしても、視界に映るものは変わらない。
 二年前よりも短く切り揃えられ、明るく染められた髪。白色のブラウス、檸檬色のスラックス、アイボリーのパンプス、大人だったはずのみぃちゃんは、さらに大人になって、僕のもとへと帰ってきた。

「あっ、読んでくれたんだ」

 みぃちゃんが、膝で頬杖をつきながら、僕の顔を覗き込む。
 前より女性らしさが増したみぃちゃんに見つめられ、自分でも頬が赤くなるのがわかった。気を紛らすように、僕はページをぺらぺらと捲る。

「読んだよっ。でも、あまり気持ちのいい終わり方じゃなかった」
「そお? うーん……わたしは好きなんだけどなぁ」

 その辺に転がっていた小石を手にしたみぃちゃんは、川にそれを投げ入れた。ちゃぽん、という音がして、水が跳ねる。

「ねぇ、みぃちゃん、」
「んー?」
「なんで、この町にいるの?」

 聞かれたくなかったのか、みぃちゃんの表情が曇った。
 ふと、みぃちゃんの左手の薬指に視線を落とす。あのときつけていた、ダイヤモンドの指輪はもうそこにはない。いまであれば、きっと釣り合うだろうに。

「離婚した」

 ぶっきらぼうに、そう言った。

「はっ?」
「離婚したの。あの彼と」

 なんで、と訊くよりも前に、みぃちゃんが言葉を続ける。

「わたしが悪かったの。いつまで経っても、忘れられなかったから」
「忘れられなかった?」
「うん。忘れられなかった」

 悲しそうに、みぃちゃんが笑う。

「だっさいよね。大人ぶって、背を向けたくせに」
「みぃちゃん……」

 汗なのか、涙なのかわからないものが、みぃちゃんの額に流れていた。次第に、それが涙だとわからせるように、洟を啜る音が耳に入ってくる。
 充血した瞳が、こちらに向いた。

「たっちゃんのこと、忘れられなかったんだよ」