あのときにもらった小説は、みぃちゃんの言いつけを守り、二年間、机の引き出しの中に眠らせていた。
 そして今日、昨日で二十歳の誕生日を迎えたばかりの僕は、この小説と向き合っている。

『十年後、また君に恋をする』

 それが、みぃちゃんがくれた小説のタイトルだった。
 小説の内容を読んで、僕は驚いた。
 主人公は高校の新米教師で、教え子に、思いがけず恋をしてしまう。その年齢差は、じつに五歳差。僕と、みぃちゃんの年の差と同じだった。
 主人公は、自分の気持ちに蓋をしようとするも、抑え込むことが出来ず、教師と生徒の垣根を越えてしまう。それが教育委員会やら、教え子の親にバレたりで、教職を退くことになる。
 十年後、健全な家庭をつくり、順風満帆な日々を送っている主人公の前に、立派に成長した元教え子が現れる。しかし、旦那も子どももいる。迷いや葛藤に心を揺さぶられる中、主人公が出した決断は、元教え子との絶縁だった。

 ――物事はすべて、タイミングだ。わたしが教師だったから? あなたが生徒だったから? そうじゃない。ただ、受け止めるしかない巡り合わせだったのだ。

 小説の中には、そんな文章があった。
 僕が子どもだから? みぃちゃんが大人だから? そうじゃない。ただ、受け止めるしかない巡り合わせだったのだ。
 頭の中で、すべてが僕とみぃちゃんに置き換えられてゆく。
 結局、最後まで二人は結ばれることなく、恋愛小説としてはバッドエンドだった。
 みぃちゃんは、この小説を大人になった僕に読ませて、何をしたかったんだろう。
 わたしたちは、どう足掻いても結ばれない運命。わたしのことは忘れてくれ。そんなメッセージが込められているのだろうか。
 だとしたら、みぃちゃんは僕の気持ちに最初から気づいていた? そんな僕を見兼ねて、この恋心に終止符を打たせるために、わざわざこの本を――。
 額を垂れていた汗が、ぽつりとページの上に落ちた。
 現実に引き戻される。先ほどまで日陰だったこの場所が、日が傾いたことにより、日向に変わっていたことに気づく。没入しすぎてしまった。おかげで、喉も身体もカラカラだ。

「あっつ……」

 僕は、天然水を一口飲むと、荷物を持って、日陰のほうへと移動するために腰を上げた――その瞬間だった。
 キキーッ、と音を立てて、僕の背後で何かが止まる気配がした。ふと、音のしたほうに振り向く。
 そこにはクロスバイクに跨った女性。ばっちりと目が合う。

「えっ」

 開いた口が、塞がらなかった。

「ただいま――たっちゃん」

 その女性は紛れもなく、みぃちゃんだった。